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□第0環
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「―は?…何だと?心!?」
「その宝石は精霊の全身全霊、お前への恋心で出来ている。解き放てばもう二度目はない」
大振りな態度で心底驚くヴィヴィアンに、やれやれと首を振る。
「再び旧世界まで本人に逢いに行けば可能だろうが、今のお前にそんな力はないんだろう?」
「ぐ…」
全て見透かされている。
「…どうすれば元に戻る?」
立ちあがった腰を再び下ろし、ヴィヴィアンはぼそりと呟いた。
いつも強気でプライドの高い彼の姿が今夜はやけにしおらしい。
が、ノーデンスはそんな魔術師を肴に、グラスの底で破片を残す真珠ごと呷ると淡白に一言、応えた。
「俺が知るか」
「…。」
こんな時、人は「絶句する」というのだろうか。
信じがたいと、瞳を見開き口を薄くぱたぱた動かすヴィヴィアンに漸く多少なりともの罪悪感が芽生えたのかノーデンスは咳払いで沈黙と打ち消すと改めて言葉を紡いだ。
「そうだな、ただ云える事は…指輪の残りはあと8つしか無い。
それぞれ違う属性の彼女達を適材適所、上手く利用して立ち回らなければお前は天才魔術師としての力を取り戻せないまま、周囲に潰される」
この男は人に希望を持たせるという言葉を知らないのだろうか?
それは自身にも云えたが、ヴィヴィアンは恨めしく瞳を棲ます。
「…潰される?この俺が?」
益々怪訝にひきつる美貌を眺め、ノーデンスは空になった自身のグラスにワインを注ぐ。
もう溶けた真珠は跡かたも無かったが、程よく酔いの回った舌は饒舌にヴィヴィアンの顔色を白くさせた。
「そうだ。人が弱っている時にこそ、周囲の本性が露わになるもの。
これまで散々虐げてきた者達の真意が試される、とカードには出てる」
変わらない表情で、仮面の嘲笑を貼り着けた男は楽しげに詠う。
云われてテーブルに視線を下ろすと、自分の手と石とグラスの下敷きに数枚のタロットカードが並べられていた。
「最近見よう見まねでやり始めたんだが、面白い」と、付け加える。
城から一歩も外に出ない癖に。いつどこで見たというのか。
全く信用ならない、胡散臭い男だ。
内心で険悪に口を尖らせ、ヴィヴィアンは尚もノーデンスに訊ねた。
「でも星とか恋人達とか…これって良い意味の筈だろう?」
占いには詳しく無いが、良いカードだと云う事は絵柄で想像がついた。
華やかな色彩がヴィヴィアンの方を向いている。
たった一枚、天秤を持つ盲目の騎士だけが反対側を向いていたが、堅苦しい雰囲気が好きにはなれない。だから特別気にも留めなかった。
こんな奴になら嫌われても良い。
「馬鹿、それはお前から見ての正位置だろうが。つまりはリバース、逆って意味だ」
どれだけ自分第一なんだよ。
耐えきれず、腹を抱え人の不幸を笑い始めるノーデンスの長い髪を軽く引き、ヴィヴィアンは憤怒を吐く。
「む…。お前はどっちの味方なんだよ!」
失礼な奴!薄情者!と罵るも一度笑い始めた彼は目尻にうっすら涙を湛え、尚も大声で笑う。
それでも瞳が全く見えないのがノーデンスだ。
苦しそうにテーブルに腕を掛け、うん?と振り返る。
「俺?俺はいつだってより面白いほうの味方だ。
善悪なんてものは主観でどうにでも変わるから当てにしない。判断するのは容姿が7割」
「後の3割は?」
即座に苛々とヴィヴィアンが問うた。
「死ぬまでのプロセス」
にいっと口元だけが三日月に裂ける。
墟城の闇で白く浮かぶ亡霊。
自分に魔力が無くなった「今」だからだろうか。
暗闇を纏うあのバアル=ゼブルよりも混沌とした不変的な何か忌まわしい産物だと。
ヴィヴィアンはこれまで感じた事がなかった狂気を彼の中に見た。
「…!」
「人の命は最も尊い、だからこそ俺は人の散り際が一番好きだ」
ノーデンスはそう締めくくると、ヴィヴィアンの割れた宝石を再び元の指輪にはめ込んだ。
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