□第0環
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『第3.5環』

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「ラモナといえば最近王が死んだ国だな。広さと人口だけがとりえの何も無い所だ」

 忠告したにも関わらず、たった一日で高等階級の精霊を二人も消費したヴィヴィアンヴァルツにひとしきりくつくつと肩を震わせ嘲った後、彼はそう切り出した。

 しばらくイエソドを離れるからと珍しく神妙な面持ちの友人には眼もくれず、ノーデンスはワインのラベルを読み上げる。繕う指輪の数と同じくボトルは二本。
それを両腕に抱え、ノーデンスは揺らめく蝋燭の焔の中いつになく高揚している様だった。

「土産はウォッカが良い」

「詳しいな」
「お前が世情を知らなさ過ぎるんだ」

 白髪の隙間から細い眼差しが此方に微笑む。
全く胡散臭い男だーとヴィヴィアンは内心で悪態を吐く。
この寂れた城から一歩も出ない癖に、どこから情報を得ているのか。

 ノーデンスの台詞に不貞腐れた表情でテーブルに両肘を着き、空のグラスを目の前に突き出す。
独りきりで棲んでいるくせに酒を飲む時は二人が良いと寂しがる男の為、ヴィヴィアンが付き合う事も報酬に含まれているのだ。
 象牙色の白ワインが満たされるのを眺めながら、相変わらず殺風景な広間の中心でテーブルを挟む。
椅子の背もたれに深く凭れると、思い出した風にノーデンスは顔を上げた。

「…と云う事は。例の「盲目の騎士」には出会えたんだな、魔力は戻せそうか?」

「ああ。だがアストもラモナの騎士も、盲目じゃなかったぞ」

「心眼の事だ。馬鹿」
「う…」
 態度の悪いこの男の事、何かしら云われるだろうとは思っていたが本当に云われると腹立たしい。
 冷静な口調と仮面の様な笑顔を睨みつけ、ヴィヴィアンはグラスを煽るとアルコールの含んだ躰が仄かに色づく。
数日重なった疲労がやはり心身共に負担をかけていたのだろう。

 ノーデンスは妖艶に映る魔術師の顔から、6つにまで減った指輪へ視線を移した。
それは彼が精霊を発動し、指輪が壊れた時にだけ必要になる残数でもある。

―認めたくは無いが。
「寂しくなるな。お前がラモナまで行くとなると、次に逢えるのはいつになるやら」

「ふふふん、魔力が戻ってもう来ないかもしれないからな。今夜はもう少し付き合ってやってもいい」

 気持ちの沈む城主とは対極にヴィヴィアンは杯を重ねる。
グラスの中はいつの間にか白から深紅の液体に変わっていた。
いつもより酔いの回った麗しの客人は、このまま夜明かししかねない。

 彼は微苦笑しながら、グラスを掲げた。

「酔っ払いめ…此処で酔い潰れたら介抱してやる代わりに、酷く鬼畜で屈辱的ないやらしい事もするぞ?
そして二度と帰さない」

「っ!?もう、帰る!」

 自分の囁く言葉で過剰な反応を示すヴィヴィアンを、再びくつくつと身を震わせ笑う。
からかわれたと、顔色を変えて激怒するもノーデンスは手を払って帰れとばかりに追いたてた。
見ると眦にうっすら涙まで浮かんでいる。

「ノーデンス、さっきのは嘘だ。魔力が戻っても逢いに来てやる、感謝しろ」

 ヴィヴィアンは踵を荒々しく鳴らしドアを押し開く、そうして闇の中ぼんやりと白く浮かぶ錬金術師に憮然と振り返った。
 高慢な態度にほんのひと欠片、心境の変化。
自分の知らない「誰か」の干渉に、貼りつけていた笑顔が冷める。
勿論その表情は誰にも読み取れない。笑顔は笑顔のまま、彼の仮面だ。

「…用も無いのに来るな。男同士で気持ち悪い」
「なんだよ!どっちだよ!」

 誘ったかと思えば即答で拒絶を示すノーデンスに声を張ると、コートに胸元に白い薔薇が咲いた。
一輪の小さな華。
引き抜こうと指を掛けると棘がヴィヴィアンの皮膚を刺す。

「お前は必ず俺を必要として此処に戻ってくる。それまで薔薇でも育てて待つとするさ」

「は?薔薇?占いの次は園芸にでも目覚めたのか?」

 テーブルに着いたままくるりと此方に背を向ける亡霊に腕を組む。
揶揄する口調で訊ねた応えの代わりに広間の壁に灯った蝋燭が端から一本ずつ消えてゆく。
 夜会の終わりだ。


「ありがとう、また…」

 自然と零れた言葉を最後にヴィヴィアンは月光の下、城の外に出る。
ノーデンスの城よりも夜空の方が遥かに明るく、帰路を照らす。
元通りに収まった指輪を撫でながら、彼は胸の花弁に触れた。

 けれど薔薇は外気に触れると萎れて枯れてしまった。
指の間でパラパラと朽ちるそれは甘い香りが漂うだけで、影も残らない。

あたかも始めから存在していなかったかの様に、廃墟に吹き込む風が銀髪をさらう。
そういえば、とヴィヴィアンヴァルツは後ろにそびえ立つ、灯りの消えた幽霊城を振り返り、首を傾げた。

 ノーデンスと初めて出会ったのは、いつだっただろうか、と。



=END。==
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