□第二環
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「ならば、御往きなさい」

「え…」

「貴方が敵とする存在を世界の果てまでも追いかけ、戦いなさい」

 彼は聖職者。
 当然引き留められるものと思っていた彼は、思いがけない神父の助言に瞳を瞬いた。
黄金色の髪を耳にかけながら、彼は真っ直ぐに此方を見つめ続ける。

「但しその果てに在る物が深い闇と絶望しか残らないとしても。
どうか忘れないで、貴方は決して一人ではないという事を。

どんな時も望むと望まざるに関わらず人は誰かと関わり合って生きている。
独りだと嘆く事こそ高慢な考えです」

 孤独を赦されるのは創造主たる神だけ。

貴方ごときに「孤独」な瞬間は一秒たりとも有りはしない。
人は皆、誰かの支えであり、支えられて生きているー。

 それだけを一度に告げると、胸に手を当てひと呼吸置く。
首から下がる物々しいロザリオが白銀に輝いた。

 彼はいつも厳しくもあり、慈愛に満ちている。
聡明で美しい顔から眩しそうに瞳を逸らし、素の片拳を強く握りしめた。

「…か…、っ…」
 やがて意を決し今日の為に何度も繰り返した言葉を告げる。
「……え?」
 けれど時間は刻々と過ぎ去り、非情だ。

 思い詰めた彼の台詞は偶然にも教会からの鐘の音で掻き消されてしまった。
朝の礼拝が始まる合図に振り返ると、孤児院の子供達が数人で彼を探しているのが見えた。

―戻らなければ。
 何かを言いかけたであろう青年を神父は怪訝な表情で促す。

もう一度繰り返す言葉を待ったが、改めて言う事でもないと首を振る。

「…行ってくれ。俺も、もう発たなくては」
 告白の機会を逃し、力が抜けたと深い溜息を吐く。
 皮肉っぽい笑みを浮かべ、花束の代りに置いた剣を手に持ち、立ち上がった。

「では貴方が長い旅から戻られたら。
その時こそ、土産話と一緒に窺います」
 
 彼は一度教会に足を向けたが、振り返り騎士の身体を抱きしめた。
「っ!」
 俊敏で唐突な動きはイメージしていた聖職者従来のゆったりとした動作をいつも一蹴する。
神父は悪戯っぽく微笑むと、滑らかに彼が手にしていた剣を抜いた。

「簡易的ではありますが、貴方に福音を。
この丘に眠る英雄達の遺志が貴方の魂と共に有ります様。
騎士アストライアにどうか御加護を」

 そして身を退く間もなく、片腕で器用に1回転させ首筋にひたりと当てた。
「…神にではなく?」
「大切な人の命を見た事も無い神様に託すなんて、そんな無責任な事は出来ません」
 唇に手を当て、こっそりと打ち明ける。
「貴方ときたら相変わらず…」

「何ですか?」
 くつくつと顔を伏せ、笑う彼に涼しく尋ねた。
彼は聖職者でありながら、常人では太刀打ち出来ぬほどに強い剣士でもあるのだ。

 二人を見つけた子供たちの声が大きく近づく。
 穏やかな空の下と、美しい光景。
風に微睡む教会の鐘が旅立つ彼の背中にゆっくりと響いた。
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