□第三環
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『其れを極めたければイエソドへ行け』


 行けば全ての問いに答えが出ると、「師」のつく職業を志す者達なら誰しもが最終的に
宣告される言葉がある。

 魔術は元より、科学に工学、哲学、心理学、考古学、人類学に至るまで。
大国でどれほどの英才教育を身につけ、数々の名門学院で最高の栄誉を得ようとも、
イエソドが貯蔵する知識質量には足許にも及ばないだろう。
 世界の真理であり基盤、礎。
始まりは一人の両性具有人であったと街の創立碑には記されている。
 彼、もしくは彼女はこの地に降り、やがて「知識の箱舟」と呼ばれる組織を造ったと云う。
 次元軸を超えた英知と生物学的サンプルを管理、保持する目的で結成された箱舟は、
仮にどの世界が滅びようとも複製が可能だとまで噂されていた。
 組織の人間が誰なのか、現在も組織は機能しているのかを知る者は居ないが、精巧な技術と極秘機密は荒唐無稽な都市伝説すらも真実だと信じさせるほどだ。

 街の住人に善悪の概念は無く、貪欲な研究心と飽くなき探求心から生まれた成果のみが正義であり、力を持つ。
 知識の為なら非道徳な研究すらも赦される。

 その信条故、どの王国も直接的な関わりを忌み嫌う、魔導都市『イエソド』
地底に根深く螺旋状の研究書庫を構える、ヴィヴィアン達の在所地であった。

「困るんですよね、何かあるとすぐイエソドに来られる貴方の様な方が毎日後を絶たなくて」

 全く困ってはいない風体で、検問所の「司書」である女性は頭上に纏めた金髪を撫で、
それから眼鏡のフレームをついと上げた。

 土地を丸く囲む高い石灰岩の城壁には様々な種類の魔除けが描かれており、人一人分ほどの細長い門を潜ると途端に華やかな色彩で塗られた街並みが広がる。
店頭に並ぶ磨き上げられたショーケースの品揃えはどこの都にも引けをとらない最高級の物ばかり。
 人工的に植えられた街路樹の陰にワゴンが点在し、飲食にも事欠かない。

 緻密な計算の元、美しく装飾され合理的な利潤で栄える街。
唯一の違和感を上げるとしたら、それは行き交う人々が全員なにかしらの学者の様だという事か。

 朝日と共に囀る鳥はおろか、鼠、虫の一匹すらも見当たらず、通路を走り回る幼い子供も、母親の姿も無い。
そもそも「家族」が居ないのだろう。
 巨大な研究所の中に紛れ込んだような錯覚に呆然と青年は立ち尽くす。
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