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□第四環
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「必ず仇を取る。何を犠牲にしても…この命と引き換えにしてでも」
閉じた瞼は眠る様に穏やかで苦悶の表情を浮かばせない。
自分より少し淡い赤茶色をしたクロエの髪を梳き、アストは焦げたドレスから覗く崩れた皮膚を自身のマントで覆った。
「お前は馬鹿者だと怒るだろうが…俺は…」
無意識に握った手の甲に、ぽつりと水滴が落ちる。
幼い頃より両親を亡くした兄妹はずっとお互いを支え合って生きて来た。
それなのに。とアストは唇を噛む。
この愚鈍な兄は、肝心な時にお前を救ってやれなかった…。
「馬 鹿 以 上 だ!
この、救いようの無い大馬鹿者めがーーっ!!」
「う!うわ!?」
唐突に被せたマントの下からがっしりとした両腕に突き飛ばされ声が裏返る。
白く磨かれた床に押し倒され、驚き瞳を瞬くアストライアに向かって妹のクロエとは似ても似つかない。深紅のウェディングドレスを着た銀髪の青年が憤激の形相で指先をびしりと突きつけた。
「俺を誰だと思っている!?
お前にはこの俺様がついているんだから、万が一にも「犠牲」なんてある筈がないだろううが!」
「は?」
何故自分はこんなに怒られているのか?
そもそも何故ウェディングドレスなのだ??
馬乗りの姿勢で体重を掛けられ、視界の端にちらつく艶めかしい太腿から視線を逸らす。
首を絞められ朦朧としてゆく夢の中で、アストは彼の美貌を見上げた。
この顔には見覚えがある。
そう、彼はー。
「ヴィヴィアンヴァルツ!?」
悪夢にびっしょりと汗を浮かべたアストライアは、肩で呼吸を繰り返し起き上がった。
人の夢にまで乗り込んでくるとは!
思わず叫んだ名に、口元を覆い辺りを見回す。閉じたカーテンから零れる陽射しは眩いほど明るく、とうに夜は明けていた。