S
□第五環
2ページ/55ページ
「ヴィヴィアンが他人に鍵を預けたのが気に入らないってのは判るが、歓迎してやろうぜ?
俺達は人の力無くしては存在を維持出来ない身の上だ」
オセの現れた反対側の部屋から、やや明るい声が降る。
見上げると胸に大きな深紅の宝玉を埋め込んだ、褐色の青年が半身を出していた。
鍵と同じ装飾と、同じ金色の瞳を輝かせ文字通り壁から上半身だけを生やし、横に移動してくる彼はひらひらと手を振って笑む。
昨日ブリジットに悲鳴を上げさせたのは自分の方であるという自覚は全く無いらしい。
「そうなんですか?」
家主の唐突な言葉に思わずはっと振り返る。
オセに顔を向けると、彼も苦い表情で頷いた。
「ああ、所詮我等は「物」だからな。飢えても外には出られない。
長期間、家を空けられれば消滅する」
「…。」
(消滅!)
ヴィヴィアンヴァルツに従者が要らない理由。独りで居る理由。
遠出を嫌がる理由。全ての事情は「屋敷」自体にあったのだ。
単なる高慢さ故だと思っていた、何も知らなかった自分に、ブリジットは嫌悪する。
半獣の存在は古くから稀に文献で記述されているが、無機質、しかも人が棲める家の精霊。
神霊?判らない。
彼等は何者なのだろう?
「そんな訳だ、ブリジット。俺達は丸二日以上何も食べて無い」
「ご飯、何か作りましょうか?」
ふいに背後から「主」に抱きしめられ、肩を浮かす。
体温の感じられない腕はやはり、彼に血が通っていないのだと知らしめた。
「何もしなくて良いよ、目を閉じていれば直ぐに済むから」
「…え…?」
へらりと軽く表情を緩ませ逃れようと身を捩る、が抱えられた腕の強さは益々ブリジットを拘束する。
「ちょ!まさかっ、食事って!?えええっ!!?そんな話は聞いていない!!」
(酷いよ!)
自分の身代わりにするなんて、やっぱりヴィヴィアンはヴィヴィアンだった!
「大丈夫だ。豹にでも噛まれたと思え」
「それってかなり痛いと思うんですけどっ!!」
後ろから羽交い締めにされ、瞳一杯に涙を溜める哀れな獲物にオセは顔を寄せ囁く。
人であった彼の顔は眼前で肉食獣のそれに代わり、悲鳴を絞り出した。
(ちょっと、やりすぎたか)
本気で泣きだしてしまった仮の管理人にどう謝りだそうかと瞳を泳がす。
これは二人の悪ふざけ、からかっているに過ぎない。
自分が何より最優先の魔術師がそんな身を削った条件で彼等と契約を交わす筈が無い、のだが。
今のブリジットにそれを解する冷静な思考は働かず、蒼白な顔色を赤面させもがく。
喰われる恐怖と、もしかしたら毎晩ヴィヴィアンもこんな目に!?という邪な想像が不本意にもぐるぐる脳裏を巡る。
(面白い顔だな)
オセ・ハレルは表情態度にこそ表しはしないが、思いのほかこの無垢な客人を気に入り初めていた。
当然ヴィヴィアンヴァルツの次に、ではあったが。
**