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□第五環
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シェステールに帰る。
そう言って譲らないヴィヴィアンヴァルツと患者の身を案じる医師との長い口論の末、ユプシロンの助言もあって縫合の痕も生々しいラームジェルグは一同の許に戻って来た。
本来なら自分だってこの重傷人に船旅をさせたくはないが、異大陸に彼を残して帰る事も
根本的な解決にはならない。
一度、経路を作ってしまえば帰りの道は巻き戻しが出来る、ゲーデが屋敷の残っていたのは
その為。此方側と向こう側から再び空間を繋ぐという。
怪我人を連れてまたあの怪物の遭遇する事になるのでは?と思っていたアストライアの予想は
幸いにも杞憂に終わった。
「ユプシロン、俺はやはり貴方の助言には従えそうにない。
俺は黒薔薇を追う、奴のした事がどうしても許せない」
これから行おうとしている事も。全て。
帰還の支度を済ませ、アストライアは露わになった右腕に包帯を巻きつけ言う。
修理の終わったグングニルに乗り込むヴィヴィアンの後ろ姿を眺め、それから賢者に向き直る。
後ろめたくはあるも、告げる決意は揺るがない。
思い詰めた騎士の顔に呆れたと肩を竦ます。
「始めからそう言うと思っていたさ。せいぜい荊の道を進め、アストライア」
ほら。無造作に放り投げられたそれは青石の付いたアームカフ。
ピアスと同じ色の透明なライトブルー。
魔力を結晶に注いで造ったそれは負の浸蝕を妨げ、抑制する。
「気休め程度に」と付け加える青の賢者が投げたリングを両掌で受け取ると
代わりに落ちた荷が砂浜の上でくたりと倒れた。
「謙遜にしか聞こえない」
「誰かと違って謙虚だろう?」
ありがとう。
深々と礼を返すアストライアに、賢者は少し照れた口調でおどけてみせた。
「礼がしたいならこの旅の一部始終を聞かせてくれれば十分。また「三人」で来いよ?」
「お前達の苦労話はきっと面白い」
先を見通しているかの言葉に、苦い笑いしか浮かばない。
中々はっきりと別れを切り出せない二人の後ろから痺れの切らした声が響く。
カーラに戻ると見知った森の精霊がユプシロンを待っていた。
少女の頭には見慣れない小さなシルクハットが乗っている。
咲いた薔薇に色を合わせたリボンとレースが豪華に盛り付けられたゴシック調の飾りはザニアではあまり馴染みのないスタイルで、恐らくは特注。
不思議そうにエルライを見返すと彼女は若い精霊の髪を撫でながら、ふわりと客人の去った海の方向を眺めた。
「ヴィヴィアンヴァルツが別れ際、黒薔薇を清めた御褒美に、と」
帽子に似合うドレスも必要ですわね?
エルライが指を顎に当て微笑むと少女の双眸がひときわ大きく輝く。
「〜〜〜!」
両手を大きく振り、喜びを全身で表現する若い精霊につられユプシロンの顔も緩む。
「精霊を虜にする美貌の天才魔術士、ヴィヴィアンヴァルツ。とんでもない奴だな」
「面白い方でしたわ」
隣を歩くエルライが思い出し笑いで肩を震わす。
魔術に関しての知識と実力だけではなく、天性の魅力。
美しく冷たい態度と言葉から垣間見せる、ふとした一瞬の優しさにコロリと堕ちる。
あの三日月姫でさえも、眼に留めるほど。
認めたくは無いが、そこだけは自分に無い素質だ。
羨ましい、とは少しも思わないが。
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