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□第五環
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寝室に横たえるとラームジェルグの閉じた瞼が気の所為か安らぐ気がした。
やはり自分の部屋が一番心地良い筈だ。
カーテンを閉め切り薄暗い日の灯の中、ヴィヴィアンは胸に組まれた薬品臭い包帯だらけの手に一瞬躊躇いながらも自身の手を乗せる。
辛うじて呼吸はしていても瞳は閉じたままこんな近くに居ながら会話も出来ない。
本来死んでいてもおかしくはない状態の肉体に死神の一存で魂が離れずにいる。
契約通りなら、ラームジェルグの後継ぎが生まれるまで死ねない身だ。
「その間ゆっくり傷を治せば良い」
魔力が戻って、パナケイアとカラドリウスをもう一度召喚出来ればとも思う。
バアル・ゼブルから受けた腐蝕の身すら浄化出来る彼女なら物理的な傷を癒すなど容易い。
けれど、もしも俺が「選択」を間違えた時は。ラームジェルグもこのままなのだろうか?
―まさか。
誰も居ない部屋の中、大きく首を横に振る。
それが不安だと感じる心境にも気が付かないほどヴィヴィアンにとっては全てが初めての体験だった。
やがて冷たい指先からするりと手を離し、静かに部屋を出る。
と、大きな鞄を一つ手にしたゲーデが通路を横切る姿に眉を寄せた。
結い髪が梳かれ、長く背中に流れる彼女は給仕の衣装ではなく私服のまま、屋根裏から玄関に向かって階段を下りて行く。
ここを出て行く気なのだ。
「待て!何処に行く気だ」
思うと同時に声が上ずっていた。
強い剣幕にも彼女は至って冷静に、ちらりと瞳を動かしただけで、気だるく髪を掻き上げる。
「この度シャノアール家遠い親戚に御子息が誕生したので、そちらで働く事になりました」
「!? お前が居なくなったらラームジェルグはどうなる!?」
「私は看護師ではありませんので怪我人の面倒は専門外ですし…「どう」と言われましても」
ゲーデは意味あり気に一呼吸、間を置いて指を口許に当てる。
奥で赤い唇が歪曲した。
「死ぬでしょうね、普通に」
「そんな事はさせない!」
駆け寄ったヴィヴィアンヴァルツが行く手を遮る。
細身の体で立ち塞がるも、この死神には羽根ほどの障害でしか無いとは判っていた。
彼女が足を止める物があるとすれば。
「全て取り戻してラームジェルグの傷も治す。お前からも解放する。
それまでは、此処に残っていて貰おうか」
残り4つの指輪を目の前に突きつけ、低く唸る。
自分にこんな声が出せるとは知らなかった。
心で呟く自分の声をどこか客観的に聞きながら、紫瞳を細めゲーデを睨む。
そんなヴィヴィアンの行動は予想外だったらしく、半分眠りに落ちていた風な彼女の双眸が
二度大きく瞬いた。
「まぁ…、怖い」
到底そうは聞こえないが。
脅しの効果があったのか、ゲーデはじり、と後退した。