もしも作品

□WORST 梅星一家の華
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〜砂漠の華〜

「月島花との出会い」





















いきなり前途多難。

月島花は都会の冷たさに、シミジミと感じていた。



都会のゴミゴミとした人込みの中を歩み始めて、もう随分経っただろう。
つい数時間前に、この地へ足を踏み入れたばかりの「田舎っ子」な自分。
初めて携帯電話に触り、
初めて都会人の冷たさを味わい、
理不尽な暴力で大切なオニギリを失い、
それでも小さな暖かさに触れたられた、たった数時間…

花は早くも、都会の真ん中で立ち往生していた。

全ての始まりは…思い出すのも腹立たしい、若者達の理不尽な暴力。
あの出来事がなければ、今頃はもっと余裕のある心境で目的地を目指してただろう。
今、自分の思考の大半を占めている感情は…耐え難いほどの空腹感。
昼飯、オニギリ一つ…これだけで乗り切れる筈もない。
腹減った。その言葉に尽きていた。
これでは目的地の下宿先へ辿り着く前に、力尽きてしまいそうだ。
そんな極限ギリギリの中を彷徨っていた花の嗅覚に…

都会の薄汚れた空気に混じった、何とも良い匂いが入り込んできた。



「む!? この匂いは…」



思わず首を忙しなく動かして、匂いの根源を探してしまう。
鼻を未だ擽る、肉と炭水化物の好ましい匂いは、今の花には拷問に近かった。
自分でも驚くほどに奏で始めた腹の音。
その大音量を押さえ込みながら、花の流れる視界が捉えた光景…、

それは公園のベンチで肉まんを食べる、一人の少女の姿だった。



「に、肉まん…!!」



ついつい口から出てくる正直な言葉と大量の涎を、止める術はなかった。
その声を拾ってしまったのか、遂に少女と眼が合う。

サラリと腰まである、眩いばかりの金髪。
全身を黒でコーディネートされた服装。
その中で、ゴツゴツとあるアクセサリーが強い存在感を見せていた。
脇に置かれたギターケースは彼女のモノだろうか、まるで違和感がない。
少女の挑発的な鋭い目付きは今、驚きに少し見開いて自分を見つめていた。
一般的に見れば人が避けて通りそうなその少女は、とても端麗な顔立ちをしていた。

少女は花と数秒間見詰め合った後、合点がいったのか、そっと口を開いた。



『腹、減ってんの?』

「え!? や、その…」

『食う?』

「い、いいのか!?」

『ん。』



少女が差し出してくれた食べかけの肉まんと、まだ未開封のピザまん。
ホクホクと湯気の立つそれらを、花は感極まった表情のまま受け取った。
途端、まるでバキュームのように頬張り始めた花。
余程の空腹だったのか、その勢いとスピードに少女は眼を瞠っていた。
加えて、花の心底旨そうに食う姿。
見ていて気持ちが良いほどの食いっぷりと、満面の笑み。
少女は知らず知らず笑みを溢していた。
だが次の瞬間には、また眼を瞠る。

花の瞳から、大粒の涙が零れ始めた事に…



『…えええ』

「グズ…ご、ごちそーさまでした!!」

『あ、あぁ…お粗末サン。』



どうやら満足いったらしい。
涙を拭いながら旨かったと何度も言う辺り、食に有り付けた事が相当嬉しかったみたいだ。
少女は対応に困りながらも、花にそっとポケットティッシュを差し出した。



「あ…あんがと!」

『ん。』



口数少ないが少女は笑みを送ってくれた。
その儚いまでも綺麗な笑顔に、花は芯から熱が込み上げてくる思いだった。
自分を空腹から救ってくれた心優しい少女は、田舎では稀に見ない綺麗な女性。
流石は都会と内心呟きつつ、花は漸く自分の不躾さに気付いたのか我に返って慌て始めた。



「うわっ、俺ぜんぶ食っちゃった!?
ご、ゴメンな、お姉さんの飯だったのに」

『気にしなくていいよ。
それほど腹減ってた訳でもなかったし。』

「…グス」

『…涙脆いんだな、お前。』



彼女の呆れを含んだ苦笑が見えないのか、花は感動の意にまた涙を溢した。
都会人が冷たいとか思ってた自分が浅墓で恥ずかしい。
この人は見ず知らずの自分に大切な飯を分けてくれる程の優しさに満ちているのに。
花は貰ったティッシュで鼻をかみながら、溢れんばかりの笑みを少女に向けた。



「俺、今日田舎から出てきたばかりで…
お世話になる下宿先に行こうとしてたんだけど、迷子になるわで大変で」

『うん。』

「お姉さんが居なかったら俺、多分餓死してたわ! 本当にアリガト!!」

『そりゃ良かった。』



少女のアルトボイスが耳を擽る。
向けてくれる笑顔から一挙一動まで、不思議なほど花の視界に飛び込んできた。
少女は馴れた手付きで煙草に火をつけながら、脇に置かれたギターケースを背負った



『下宿先、この辺りなのか?』

「え、あー…多分。」

『此の先に交番があるから、そこで教えてもらいな。』



少女が示した先は、公園の横道から大通りに抜ける道。
教えてもらわなければ恐らくは見過ごしていただろう。
花は感謝の気持ちで一杯だった。



「おお! 重ね重ねアリガト!!」

『ん。 無事、辿り着けるといいね。』



少女は言葉の端に笑みを残し、凛とした後姿のまま公園を後にした。

その姿を茫然と見つめ続ける花。
風に乗って運ばれてきた少女の残り香に鼓動を早めながら、彼はそっと胸に手を当てた。



「……恋の予感…」



それは都会という広々とした寒冷な場所で見つけた、小さな華のように…
いつまでも花の脳裏に息衝いていた。
また出逢える事を、切に願って。

この出会いが、後に続くモノだとは露知らずに…










彼女との出会いは、暖かかった。




…───to be continued


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