もしも作品

□荒川のお母さん
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「相変わらず騒々しいな。」

『あら、シスター。 おはよう。』

「あぁ、おはよう。」





シスターは気配を消すのが、とても上手。
見上げる程の巨体なのに、背後に居てても気付かない気付けない。
最初の頃は突然声を掛けられて吃驚したけど、今じゃ普通に言葉を返せる。
順応性って大事ね。





「マザーはこんな所で何をしてるんだ?」

『ちょっとお散歩。
今日は天気が良いから、気持ち良くって』

「そうか…早いものだな、もう春か。」

『えぇ、さっきも桜の花弁を見たわ。
そろそろ野草も取り頃ね、つくしとか。』

「お前の天ぷらは絶品だからな、今から楽しみだ。」

『あら、なら張り切って作らなきゃ。』





今から何を作るか、考えるのが楽しみ。
天ぷら、和え物、炊き込みご飯…
あ、ニノちゃんが獲ってきてくれた魚でお造りも良いわね。

フフ、腕が生るわ。
皆とても美味しそうに食べてくれるから、作り手としても嬉しい限り。
今回はちょっと奮発して、好いお酒も用意しちゃおうかしら?

そんな話をしていると、
どこからか匂いを嗅ぎつけた村長が、水面から顔を出してきた。
いつ見ても凄い芸当よね。
内側は蒸れないのかしら? フフフ。





「よぉ! 何か旨そうな話してるなぁ。
ママさん春の食祭りの日取でも決まったのか?」

『ヤマザキ春のパン祭りみたいね。』

「ママさんの作ったモンで一杯いくのも良いなァ」

『ふふ、お酒も程ほどにね?』





手真似でクイッとお酒を飲む仕草を見せた村長の顔は、釣られるくらい満面の笑顔。
今年も呑みすぎちゃうかもね。
シニア組での飲み会は白熱してしまうから、目を光らせておかなきゃ。

また赤ランプを見るのは御免だしね。

穏やかな会話を続ける私達の傍らで、青少年達の口論は止め処ない。
そろそろシスターの雷が落ちる頃かしら?
予感して数歩下がれば、同時に村長も一緒に後退。
顔を見合わせて、また同じように笑ってしまった。

そして響く、銃声。

怒号が悲鳴に変わる頃、
この騒動を聞きつけて、次々と人が集まってきた。
一人、また一人と集い始めた住人達…





「皆ァ、久しぶりィ!」

「母さん、今日は魚が一杯獲れたぞ。」

「おやおや、皆ここに居たんですか。」

「ママも大変ねぇ、…暑苦しい男共に囲まれて。」





ピー子ちゃんは両手に野菜を抱えながら、久々の再会に眼を潤ませていた。

ニノちゃんは両手に新鮮な魚を抱えながら、微笑を携えていた。

白さんはいつも通りの優しげな笑みを浮かべながら、白線を引いて此方に来た。

マリアちゃんは綺麗な微笑とは裏腹な言葉を男性陣に投げかけながら此方に来た。



いっそ賑やかになった、河川敷。



怒号は外まで響いて、
悲鳴は空まで届いて、
笑顔は太陽で輝いて、
この楽しさに、私は春の訪れを歓迎した。

どこからか漂う花の香りに、これからの季節を待ち望んで…










始まりの「春」



『さぁ、皆ご飯にしましょう。』

そして始まる、今日からの日々…───







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