もしも作品

□荒川のお母さん
1ページ/1ページ







世界は、多色だ。

感情1つで、何色にも染められる

例えば、環境
例えば、状況
例えば、心境

キミの眼には今、

どんな世界が広がってる…?











風が、とても穏やかだった。

日差しが柔らかく、少しだけ暖かい。
だけど仄かに吹く風のお蔭で、はためく洗濯物が徐々に乾いてきた。
風に乗って流れてくる石鹸の香りと1枚の花びらに、気持ちが澄み切っていく。
ああ、今日は静かな日だ。

はためくタオル越しに見た青空が、とても綺麗に写った。



「今日もイイ天気だなァー。」



何処からか声が聞こえた。
私の後ろから。 水の音と共に。
ジャブジャブと音を大きく、川から上がってきた村長。
その緩みきった笑顔は、此処の平和を物語っているようだった。



『明日も、きっと晴れるでしょうね。』



これは確信。
だって、流れてくる雲が真っ白。
ずっと向こうにある雲も少ない。
風だって静かだし、明日もきっと晴れ。
そんな私の言葉に村長の笑顔が濃くなった



「なら、明日も平和だなァ。」



ママさんの読みは当たるからな≠サう言って空を仰ぎ見た村長。
細められた瞳には、どんな綺麗なモノが写っているのだろう。
そう思わせるだけの静かな笑みを溢した村長に、此方も笑みが零れた。
そんな穏やかさの中…。

───突如、轟いてきた凄まじい水音。

驚きに肩が揺れた。
咄嗟に見た先では、吃驚するほどの大きな水柱が橋の下から飛び出していた。
あそこは確か、ニノちゃんが釣りをしていた所だったような…。
加えてあの辺りは、確か橋の整備で工事をしていた所だったような…。
おぼつかない記憶の中、つい頼りない視線を村長に向けてしまった。





『驚いたー…どうしたのかしら?』

「どっかの馬鹿が川に落ちたんじゃね?」

『あら、もしそうなら大変。』

「まあ大丈夫だろ。 ほら、あそこにニノも居る事だし。」

『あらホント。 やっぱりあそこで釣りしてたのね。』





と云うことは、やはり自分の記憶は正しかったみたいだ。
ならば、と…視線を少しズラして橋の上部を見つめてみた。
そこには本来、無くてはならない橋の支えとなる鉄柱が一本、消えていた。
ああ、やっぱり…落ちたのはあの鉄柱だったんだ。 どおりで物凄い水柱が、

そう納得を得られてすぐ、教会の扉が大きな音を立てて開かれた。
そこから出てきたシスターの表情は、なんとも物々しい感じだった。
装備された銃器類もまた、物々しく…。





「なんだ今の音は!? ミサイルか!」

『冷静になってシスター。 もしそうなら今頃ここら辺が熱風で焼け野原よ?』

「ああマザー…無事だったか。」

『えぇ、村長も無事よ。』

「ハハハッ、シスターは慌てんぼさんだなぁ。」

「なんとお見苦しい所を…、しかし今の爆音は一体なんだ?」

『爆音じゃなくて水音よ。 橋の上から何かが落ちたみたいなの。』

「どっかの馬鹿が落ちたんじゃねーのって、今ママさんと話してたトコでさ。」

「そうでしたか…なんと人騒がせな。」





本当に、人騒がせな鉄柱。

村長は未だに落ちたのは人だと信じてるみたいなので、このままにしておこう。
ヘタに事を大きくしても、仕方ない。
この平和な雰囲気を壊したくはない。

その旨を密やかに、2人に向けて私は笑ってみせた。










───────────────
─────────────
───────────
─────────
───────
─────
───











コトコト、カタカタ…
湯気に揺らされた、鍋の蓋。
充満した蒸気の中には醤油の香り。
仄かに交じり合った大根の匂いが、食欲をそそる。

そんな夕飯の支度中、私は後ろを向いた。
手に持った包丁を静かに置きながら、動揺を隠しつつ口を開く。



『…恋人?』



放たれた自分の声には、やっぱり隠しきれない動揺と驚愕が混ざってた。
そんな私の心境に気付いてないのか、はたまた気付きつつもスルーしているのか…
私の後ろで、夕食の出来上がりを待ってたニノちゃんが変わらぬ表情のまま一言。



「ああ、リクルートと云うんだ。」



いつも通りの声色で放たれた言葉に、私はまた驚愕した。
なんて憐れなネーミング…いや、着目する所は其処じゃない。
ニノちゃんに、恋人…。
それも、会って間もない人と…。

驚愕が、だんだんと薄まってくると、今度は動揺が大きく濃くなっていくのを感じた



『えっと、ニノちゃん。 そのリクルートくんは…どんな子なのかな?』



例え、その問いに対して月並みな答えしか返ってこなくても…、
聞かずには要られなかった。

優しいとか、
頼り甲斐があるとか、
逞しいとか、
格好良いとか、

ニノちゃんが心に決めた相手なら、それで構わない。
ニノちゃんは、鋭い感性を持った子だ。
例え常識をそれほど知らなくても、けして悪い人間に騙されるような子じゃない。
だけど、この子は私にとって我が子も同然の大切な子だ。
この子が決めた相手だとしても、出来ることなら…傷付いてほしくない。
しかも相手は、ついさっき此処の住人に為ったばかりの子と云うじゃないか。

不安だ。 心配だ。
知らない相手になら、尚の事。
そんな心の声に応えるかのように、ニノちゃんが言葉を放った。





「変わった奴だ。 よく喋るし、すぐ大声を出して驚くし、弱っちいし。」

『うん。』

「まあ、地球人は皆弱いことは知ってたが…アイツ、すぐに咳をするんだ。
たしか……人に借りを作ると発症する、妙な病気…だったか?」

『ストレス性の喘息、かな?』

「おお、それだ。 それでな、昼間に橋から落ちたアイツを助けたんだが…」

『…あらら。』





村長の読みが、大当たり。
流石は河川敷の長、かしら?
そんな冗談めいた思いの中、彼女の話に耳を傾けた。





「なにがなんでも借りを返したいから、なにかお礼をさせてくれと聞かなくて…」

『…まさか、それで恋人に?』

「ああ、私に恋をさせてくれと頼んだ。」

『……、フフッ』





思わず、零れ落ちてしまった笑い。
口元を隠そうとした指先が無駄になるくらい、私の笑いは肩まで揺らした。
クスクスと、止まらない微笑。

ニノちゃんが不思議そうに此方を見ていた





「どうした、母さん?」

『ふふふっ、ううん…なんでもない。』

「そうか? なんだか嬉しそうだな。」

『クスクス…ええ、嬉しいわ。 それに、とっても楽しい。』

「そうか。 母さんが嬉しいなら、私も嬉しい。」

『あら、もっと嬉しくなるわね。』





お互いに笑い合う中で、私の胸にはジンワリとした喜びが広がっていた。

それは、ニノちゃんの笑顔が見れた事…
それは、まだ見ぬリクルートくんへの期待を抱いた事…
それは、2人のこれからを思って…

もう不安は、不思議とない。
だって今、ニノちゃんが笑ってるから。
彼女が笑えるだけのモノを、リクルートくんが持っていたんだろう。
それだけで、これからを暖かく見守っていける。
2人の未来が、例え長い道の先に渓谷となっていたとしても…、

橋≠ニなる存在が、此処には沢山いるのだから。



まだ見ぬ彼へ…、期待と愁いは比例して。










乱れた水流だって変化の証し





日常なんて、砂の城

少しの事で、簡単に形を変える

どんなに歪になっても
どんなに水で崩れても

日の光が有れば、容易く固まる



望む形を作るまで

固まる前に、手を伸ばして…




…───to be continued


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ