もしも作品
□いぬぼく「皆のお姉様」
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此処はまるで
絵に描いたかのような平穏
文字通りの「楽園」を感じさせてくれた
朝の眩い日差し。
風に揺れるカーテン。
漂う朝食の香り。
静かな朝の始まり。
皿に盛り付けられていく品。
テーブルに並べられていく朝食。
コトリ、カタリ、トポポ…。
コップに飲み物を注いだ時、新たな音が部屋に響いた。
───トントン…
静かな部屋に響いた、静かなノック。
紳士的、礼儀上手な様子が窺える。
だが相手は住人の返事も聞かず、ごく当たり前のように部屋へ足を踏み入れた。
第一声は勿論、朝のご挨拶。
「おはよー、ユメタン。」
『ああ、おはよう。 残夏。』
入室してきたのは妙な形をした男性。
黒兎の耳がついたカチューシャに、片目だけを覆い隠すように巻かれた包帯。
服装は正装だろうか、黒スーツに手袋とアンバランスさが目を引く姿だった。
一体なにを思って選んだ格好なのか…ひょうきんな姿のくせに、その仕草はとても鮮麗されたモノだった。
彼は足音も微かに食卓へ腰を据え、立ったままな女性へ向けてニコリと笑った。
「今日も美味しそうだねー。」
『当然だ。 お前に不味い物は食わせられんからな。』
「わー、ボクって愛されてるー。」
『阿呆なこと言ってないで食え。 残したら承知しないぞ。』
「うん、それじゃー」
「『 いただきます。』」
揃って手を合わし、同時に箸をつける。
この朝食風景は恒例のようだ。
食卓に並んだ食器は色違いで揃わされ、仕舞いには兎のマークまで見受けられる。
まるで夫婦のような光景の二人は、少ない会話を交わしつつ食を進めていた。
出汁巻き玉子、
ひきわり納豆、
ヒジキの御浸し、
鮭の網焼き、
ほうれん草の味噌汁…、
随分と健康的で理想的な朝食。
残夏は小さく咀嚼をしながら、正面に座る夢主を穏やかな瞳で見つめた。
(毎朝欠かさず用意してくれて…)
(大変な筈なのに、手も抜かないで…)
(ボクの身体のことを考えてくれて…)
(…酷いくらい友達思い≠ネ人だよね)
(……もっと好きになっちゃうよ。)
『…同じだぞ。』
「、へ?」
『おかずの大きさ。』
「……あ、うん…そーだねぇ。」
『呆けてないで食え。 そろそろ子供達が起きてくる時間だぞ。』
「はーい…、」
(報われない…。)
(このド天然…、手強すぎ。)
残夏は引き攣った笑みを浮かべながら、途中止まっていた箸を進めた。
チラリと正面を窺うも…、彼女とは視線も合わず、期待外れもイイ所。
あの一瞬の思わせぶりな言葉がもし確信犯だったなら…なんてドドS悪女だ。
自分はこんなに想っているのに。
何年越しの恋だろうか。
数えるのも億劫なほど想い続けてきた。
今では、ここまで近くに彼女が居る。
共に食卓を囲み、共に生活空間に在り、1日の大半を彼女と過ごしている。
それを嬉しいと舞い上がっていたのは…いつの事だっただろうか。
今では唯ひとえに、募らせてゆく片思い。
我慢、忍耐、延長、持続…。
この想いが報われる日は来るのだろうか…
(…まっ、絶対に成就させるけど。)
(その為に、此処まで来たんだ。)
(絶対…ボクだけを見てもらう。)
「…ボクって結構ネチっこかったんだー」
『は?』
「ううん、なんでもなーい。」
残夏の顔に、満面の笑み。
自然なようで不自然な、笑み。
貼り付けたようで隠すような、笑み。
その笑みの裏に隠れた、熱い感情…。
その熱に気付くことなく、夢主は残夏の様子に首を傾げるだけだった。
ボクの「楽園」
ボクだけに用意された
至福の空間と味
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