愛楯【短編】

□捨てた名称
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「痛い」と感じてる間は、まだ良かった





「苦しい」と思えた時、安心した





「寂しい」と涙が出る間は

表裏に「愛」があるから

暖かさを求めて、頑張れた










怖いのは、何も感じなくなった時…










「痛い」と目を瞑っていた、状況

今では平然としてられる



「苦しい」と蹲ってた場所、状況

今では冷静に立っていられる



「寂しい」と泣き喚いてた、状況

今では笑顔さえ浮かべていられる










もう終わりは、すぐ其処まで来ていた
















時に合わない鴉の鳴き声が、夜の静寂に響き渡る。

外も家も明かりがポツポツと消え始めてきた深夜、うちの電気も残り一つとなる。
暗闇に薄っすらと浮かび上がる豆電球が、なんとも寂しい。

ううん、「寂しい」と思う所が違うなんて、改めなくても分かってた。



鳴らない携帯。
鳴らないチャイム。
数年、顔を見てない…彼。



普通なら、寂しいと嘆くだろう。
胸だって痛むのが普通。
顔を泣き腫らしてこその彼女だろう。

いや、そもそも私が彼女の位置に居るのかさえ今となっては疑問だが。
こうも冷静に今を見据えてられるのも、ある意味、彼のおかげだろう。
目一杯の皮肉を込めて、そう思う。





『…0時……終了ぉ〜』





日が変わってしまった。
時計が天辺を指してしまった。
携帯の画面に0の文字が並んでしまった。

もう何度目かになる0の時。
それを迎えて、確認して、自覚して、見据えて、私は軽い溜め息をついた。
今日も、彼は電話をくれなかった。

最初の頃は良かった。
何かある事に連絡を入れてくれて。
月に数回は、テレビ電話もしてくれた。
それが今では0。
声も顔も存在も確認できなくなってから、吃驚するくらいの月日が経ってしまった。

元々、定期連絡なんて出来る男じゃないことくらい理解してた。
自分のことで手一杯の彼に、私のことまで気遣うマメさを求める程、貪欲じゃない。
そう言い聞かせてきた最初が、今じゃ懐かしい。



この状況が当たり前になってしまった今じゃ、あの頃の努力が馬鹿みたいに思えてくる。





『…面倒くさ』





自分が。

もう分かってた。
彼の中で、とっくに終わってる関係だと。

分かってた。
途中から、その前兆があったことくらい。

分かってた。
いつも泣く私を思っての今を、彼が作ってくれた事くらい。

分かってた。
私達に未来がないことくらい。

分かってたんだ、心のどこかで。
でも、縋りつきたかった。
彼が大好きだったから。
ずっと一緒に居たかったから。
だから、鳴る筈もない携帯を前に、夜明けまで待ってたりもした。
きっと鳴ってくれる。
彼が、思い直してくれるかもしれない。
私を想うのなら、と…





でも、もう…おしまい。





暗闇に広がる薄い携帯画面の明かり。
操作は至ってスムーズ。
メール画面を出して、彼の名前を出して、本文は短めに。

短く、簡潔に、でも私の想いを込めて。





『…駿、』





久しく呼んでなかった彼の名を口に、沈んでいた感情がほんの少しだけ浮き上がる。
ジンワリと滲んできた視界に嘲笑を浮かべ、それとは反対にあっさりと送信ボタンを押した。

はい、おしまい。

なんて呆気ない。
なんて素っ気ない。
なんて、なんて、なんて、なんて、





『…っ、駿』















嘘ではなかった愛が、今確かに痛い





宛先:駿
件名:私は幸せでした。

本文:



 私、結婚します。








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