オール短編A

□最遊記序章A
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ますます目線を逸らす健邑に、光明はその心知らずな様子で語りかけてきた。





「───ところで、健邑くん?
貴方は何故この修行寺に入ったんですか」

「…なんで?」

「イメージに合わないなァ、と思って。
こういう体育会系は苦手なタイプじゃありません?」

「三蔵法師に成る為ですよ。
それが一番難しい事だって聞いたから」

「ほぉ…」

「大概の事には手を出してみましたけど…実際どれも簡単で。
つまらない事ばっかりだったから、退屈しないモノが欲しかったんですよねぇ」

「ほお、成る程…
何をやっても つまらないとなると、」





「貴方、よっぽど
つまらない人間なんですねぇ。」





この男は今、何と言った?

俺は聞かれた事に答えただけだ。
何故本音を言ってしまったか…
建前でも、聞き当たりの良い事を言えば良かった話だが。
それでも大概の人間なら、今の話を聞いただけで「凄い」だの「流石」だけだった。
成績が人より上ってだけで、この扱い…

くだらない、くだらない、くだらない、

人が、世界が、時間が、全てが、
下らなく、酷く退屈だった。
色のない味もない…死臭しか受け付けない鼻では、普通の幸せは退屈でしかない。
それを…目の前の男は、無意識ながらに叩き伏せたのだ。

アンタに何が分かる?
つまらない人間…?
アンタに俺の何が分かる?

ザワリ、とした黒い感情が胸に広がり…
つい目が細くなった。
それに気付かず、光明は相変わらず飄々とした雰囲気のまま徐に立ち上がった。





「さて…お芋さん、貰ってきましょうね」

「へ?」

「へ?って…こんなに枯葉集めたら、お芋焼かないで一体なにを焼くんです?」





当然といった口調を残して、光明はこの場から去っていった。
あの様子だと台所辺りへ行ったのだろう。
自分が集めた枯葉を見つめながら、健邑はいつの間にか収まっていた心情に気付いた。

…分からない男だ。

そう胸の内で呟いた言葉と同じことを、残された孔雀が口にした。





『掴み所のない男だろ?
いつか鷲掴みにしてやりたいと思う私の気持ちも、分からんではなかろう?』

「それって一種の告白みた…ぃ」





振り向いた先の光景に、健邑は言葉を忘れて目を見開いた。

…煙草吸ってるよ、この人。

この女性は、本当に巫女なんだろうか?
修行僧の目の前で厳禁事をやってのける孔雀を、当然の事ながら信じられない思いで見つめた。





「…チクりますよ?」

『誰に? あの禿にか?』

「は、禿って…」

『あんな耄碌(モウロク)ジジ禿なんざ、恐るるに足らん。
大体、煙吸っただけで罪なんざ下らな過ぎて笑いさえ込み上げてくるわ。』





それは俺も同感だが…もうちょっと、こう……誤魔化しくらいはしてほしい。

一層、清々しい孔雀の言動に健邑は引き攣った笑みを引っ込められなかった。
同期とはいえ、あの郷代相手に「禿」だの「耄碌」だの言えるのが凄い。
それ程の実力者なのか?

健邑の疑問は収まらない。





『貴様も吸ってみるか? 少しは味のある人生を送れるやも知れんぞ?』

「アンタ、ホントに巫女ですか?」

『巫女だからと言って、魂まで神に捧げる必要もなかろうて。』

「魂?」

『貴様は、魂は何処にあると思う?』





嗚呼、こうして見ると…似てる。
光明と孔雀の雰囲気が、こんなにも。
そう気付いてから、健邑は先程の光明の言葉がホンの少しだけ分かった気がした。

「似てるんですよ、貴方と江流が」

では雰囲気? 話し口調? 姿勢?
とどのつまり光明が言いたかったのは、そういう事だろう。
謎の解けたクイズに胸が少しだけスッとしながら、健邑は孔雀の問いに答えた。





「頭…じゃないですか?」

『ほぉ、その心は?』

「魂なんて、所詮は思考でしょ?
死んだら全て終わり…彼の世へ行くこともなく、ただ肉体が腐っていくだけ。」

『ッハハ、修行僧とは思えん答えだな。』

「答えたんですから、アンタも言って下さいよ。」

『ん?』

「魂が…何処にあるか。」





建前で聞いた…という訳ではない。
聞きたかった。
この人が、どんな答えを言うか。
孔雀ノ巫女と崇められるこの女性が、どんな人間か…

健邑の興味を一身に受けた孔雀は、フッと笑いながら煙を吐き出した。





『お前と、ほぼ同じ答えだな。』

「…ほぼ?」

『私が思う魂は、志だ。』

「…意志」

『あァ…何者にも捕らわれず、何事にも惑わされず、胸に刺さった一本の芯。』

「…魂は心…だから魂は胸にある、って事ですか?」

『いや?実際何処にあるかなんざ知らん。
胴体かもしれんし、頭かもしれん。
居場所なんざ、何処でもいいのかもな。』



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