【拍手の物語】

□【奥さんは女子高生】
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いつもよりずい分早くに、自宅に帰ってきた剣八。
靴を脱いでいると、

「うわーい剣ちゃんが早く帰ってきた」

と、いいながらやちるはお出迎えにきた。
白いフリルのエプロンをひらひらさせ、
スリッパをパタパタと鳴らしながら走ってくる。
そのまま剣八に飛びつく。

「剣ちゃんお帰りなさい!」

「あぁ」

ぎゅーっと抱きつく。
剣八のスーツからは、雪と愛用の煙草の匂いがした。
やちるにとっては落ちついて、大好きな匂いだ。
剣八はそのままやちるをくっつけたまま、居間に向かう。
いつも通り馬鹿デカいソファに、ぼすんと座った。
やちるは剣八の胸に頬を、ぐりぐりすり寄せている。
学校から帰ってきてすぐだったのか、
やちるは制服のままだった。
ブレザー姿だし、首元にはまだリボンをつけたままだ。

「嬉しい……久しぶりじゃない?」

やちるはそのままの状態で、ポツリと言った。

「……何がだ」

「こんなに剣ちゃんが、早く帰ってくるの……」

「……」

「嬉しいな……」

剣八は毎日忙しくて、帰ってくるのはいつも夜遅く。

こんな早い時間に帰ってこられるなんて……、
前にもあったのだろうか。
やちるは覚えてはいなかった。
それくらい久しぶりの出来事だ。
やちるは嬉しくたまらない。



しかしやちるの言葉に、
なぜか剣八は首を傾げた。

「……おい」

「なあに、剣ちゃん」

剣八は言いづらそうに言った。


「……今晩……飲み会だって……言ってなかったか?」


「ええ!!?」

やちるはガバッと顔をあげた。

「き……聞いてないよ!?」

剣八はマズイと言う顔をした。
あきらかに言うのを忘れた……
と、言う顔だ。
顔しかめて頭をバリバリかいた。

「……職場の付き合いでな」

「そんなぁ!!」

幸福な時間から暗転。
やちるは暗闇に突き落とされた。
口を尖らせて怒る。

「い……一緒に過ごせると思ったのに……」

伝えてなくて悪かったな……
と言って、剣八はやちるの頭をポンとなぜた。

「……ぬか喜びさせちまったな」

「…………」

やちるはぷいと横を向いた。

「なるべく早くに帰ってくるからよ……」

「そう言っていっつも遅いじゃん」

やちるの返答はキツい。
剣八はやちるをなだめるかの様
に、桜色の髪に手をのばした。
耳にかかったやわらかい髪に、指を絡める。

「そんなにふてくされるな」

「………」

「何か食いたいものは無いか?買ってきてやる」

「……」

「……やちる?……」

「……ないもん」

やちるはするっと剣八から、離れた。
ガッカリしたのだろう。
そのまま何も言わず、台所に行ってしまった。








やちるは台所に入り、
はぁああとため息をついた。
目の前の冷蔵庫に頭をごんと付けて、もたれかかる。


あたし……また怒っちゃった……

と、やちるは思った。
職場の付き合いで飲み会なのに…
女の子の所に行くとかでもないのに、
あたしはいつも腹をたてちゃう。


なんでいつも……気持ちよく、
剣ちゃんを行かせてあげられないんだろう。

自己嫌悪で胸がくるしい。

剣ちゃんはあたしの顔を見に、
一度帰ってきてくれたのにさ……。
そんな事をわざわざしてくれる旦那様なんて、
聞いた事が無い。


あたしが勝手に早くに帰ってきたと、勘違いをして怒って…
剣ちゃんを困らせてしまった……。



でもでも……
とやちるは顔を上げた。
冷蔵庫をなぜかキッと睨む。
あたし達は新婚さんなんだもん。
もっと毎日ゆっくりラブラブしたいだもん。
年末は忙しいのは分からなくもないけど、
休みだけしか一緒に過ごせないなんて……。


世の中の奥さんも、旦那様が遅く帰ってきたら……
面白くないんじゃない。
ちょっとふてくされても、仕方ないんじゃないかな。
あたしのこの態度は、当たり前じゃないのかな……。

それとも……あたしは……
我が儘言ってるのかな……。

幾ら考えても堂々巡りで、答えが出てこなくて……
やちるは頭を抱えた。

あたしはどうしたら良かったんだろう。
なんだか頭の中がごちゃごちゃになって、
分からなくなっちゃった……。

そう言って……
何度ついたか分からないため息を、
やちるはもう一度ついた。



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