短編小説B 

□『きみホリック(中毒)』
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「えー…、本日は、当ボンゴレ観光バスをご利用頂き、誠にありがとうございます」
(ひぃぃぃい!どうしよう…っ)

 緩やかに発車したバス。アナウンスを始めた途端に、やんややんやのヤジが飛ぶ。
「おねーさん、可愛いねー、年いくつですか?」
「スリーサイズは?オッパイ大きいっス〜」
「恋人いるんですか!?俺、立候補しちゃいてぇ〜!」

 今日のお客は遠足に来た都内の高校生だ。しかも、男子校の。ツナはその余りの迫力にたじたじになっていた。

「Σええ!? あ、の…っ、年は23で…恋人は、いません。スリーサイズは、上から83、57…」
 馬鹿みたいに正直に答えるツナに、益々盛り上がる車内。

「83ですか!?うっわー!顔、埋めてみてぇ!」
「パフパフさせて〜」
「ってか、その制服エロいで〜す♪中、どうなっているんですか〜!?」
 勃っちまいそー、ピュー、ピューと口笛が鳴る。運転手のおじさんは、我関せずと静観している。いや、口元がニヤニヤしているから、楽しんでいるのだろうか?

(だ、誰か助けて…!)
 ツナは逃げ出してしまいたくて半ベソをかく。マイクを握りしめて、スカートの裾を掴む。

 確かリボーン(社長!)の話では、今日のお客様は都内でも有数の、金持ち学校の生徒だといっていたのに。

『オメーみたいな、半人前のダメガイドでも、金持ちの、頭の悪いボンボン相手なら通用するかも知れねーからな』
 就職はしたものの、研修時代からまるで成績ダメダメなツナだった。今日はどの添乗員も予定が埋まっていて、溜め息を吐いたリボーンは、諦め顔でそう言ったのだ。

『いいか?名所案内なんざ暗記しようと思うな。マニュアル通りに案内して、適当にニコニコ笑ってやり過ごすんだ。あくまでもそれだけでいい。深入りはするなよ』
 頭の中に、釘を差す社長の声が響く。

 そうはいかないよ!とツナは思う。
(せっかく就職出来たんだもん…お客様には満足して旅行を楽しんでもらいたい…)
 そう思っていたのに。

「あのっ、オレの事はいいんで、右手をご覧頂けませんか!? 窓の外に見えますのは、イタリアの有名発明家、ジャンニーニがデザインしました、『悩めるヴィーナスの像』と申しまして…っ」

 なんとか軌道修正しようと必死でアナウンスするツナに、「『オレ』だって!!かっわゆ〜い♪」という冷やかしの声が湧く。
 しまった!とツナは思った。
口癖のようになってしまっている『オレ』、『私』と言えと、散々注意されてたのに…!

「悩めるヴィーナスなんかより、悩めるおねーさんの像が見たいで〜す!ポーズ取ってくれませんか〜!?」
「何なら俺がお相手しますよー、あ〜でももっとヤらしー格好させるかもっ」

 どひゃひゃひゃひゃ、と起こる笑い。
 本当に悩める事態になってしまった事に、遂に涙がポロッと出るツナ。

 その時、ガンッ!!と座席を蹴る音が響いた。

「……いい加減にしろ、てめぇら」






 
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