短編小説B 

□『passing rain.』
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「うわあ…すごい降ってきた」
 天気予報が当たった日曜日の午後、サァアッと音を立てて温かい春の雨が降る。
 折りたたみの傘は、差していても濡れそうな勢い。綱吉は雨宿りを決め込み商店街の本屋に駆け込んだ。
(隼人との待ち合わせにはまだ時間あるし…参考書も買わなきゃいけなかったしな)

 軒下でパチンと水色の傘を閉じると、「うわあー、ひでぇのな」と、隣で同じように駆け込んだだろう青年がブルッと頭を振るった。
 思わず其方を見やる綱吉。

「お、悪い、飛んだか?」
 きょとんと見ていた綱吉に青年が気付いて声を掛ける。

「いえ、大丈夫です。あの良かったらこれどうぞ」
 雨は大分前から降っていた筈なのに、傘も差さないで現れた青年につい見とれてしまった綱吉は、ハッと気付くとハンカチを差し出す。

(ひぃい…!オレったら…!)
 初対面の人をまじまじと見るなんて、失礼極まりないじゃん…!

 しかし青年は対して気にした様子もなく、ニカッと笑うと朗らかに答えた。
「サンキューな。本当なら断る所だろうけど…ここ本屋だろ? ありがたく借りるぜ」

「ええ、どうぞ」
 人懐っこい笑みに綱吉もクスリと笑顔になる。
(感じの良い人だなあ…短髪に、精悍な顔立ちがかっこいいや)

「それ、使って下さい。良ければ差し上げます。オレは中に用があるんでこれで」
 キィッとドアを開けて店内に入る綱吉。

「………『オレ』!?」
(男!?)

 青年は自らの頬がサッと朱を帯びた事に気づかない。

 あんぐりと口を開け忘我するも、はにかみつつ店内に入る綱吉の背中を見て、打たれたように後を追い中へ入った。


 † † †


「ん…しょっ、と…取れない…っっ」
 書棚の上の方にある参考書に背伸びして手を伸ばす。何故現代中学生にとって必須の虎の巻がこんな上方にあるのか。

(踏み台を探すかぁ)
 トホホと諦めかけた時、背後からヒョイと伸びた手が、綱吉の欲しかった参考書をスッと取る。

「あ……」
 振り返る綱吉。

「これ? どうぞ、ハンカチのお礼なのなー」
 ニカッとさっきの青年が、笑顔で綱吉に本を渡した。

「あ…ありがとうございマス…」
 向き直った綱吉は、戸惑いながら参考書を受け取る。

『数学 U』

 書かれた表題に、青年の相好が崩れた。

「二年生なの? 俺もなんだ。何中?」

「並中です…あ、の?」

「並中かあ、俺ボンゴレ中なんだ。どうりで知らないわけだぜ」
 ニカーッと青年は更に顔を綻ばせる。

『ボンゴレ中』の校名に、綱吉はハッと目を見張る。
(隼人の学校だ)
 急にむくむく親近感の湧く綱吉。

「同い年なんだー。大人っぽいからオレ、年上かと思ったよ」
 隼人と同学年だ。もしかしたら同じクラスかも知れない。

 同い年という事もあって気さくにタメ口で返すと、青年もまた嬉しそうに笑った。

「俺も、実は年下かなって思ったんだけど」
 実は女の子かと思った事は言わない。それぐらい私服の綱吉は可愛いかった。

「俺、山本って言うんだ。山本武」

「オレは綱吉だよ。沢田綱吉」
 突然始まる自己紹介。名前を告げられて、咄嗟に綱吉も笑顔で答える。

 初対面で端から見たらナンパみたいだが、二人の間には何の違和感もない。それはこの青年の持つ天性の美徳と言えた。





 
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