短編小説
□可愛いオトコノコ
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「俺がお前より弱いだと?」
「いい勝負だと思うけど。何なら手合わせしてみる?」
プライドを刺激される挑発だが、受けたりはしない。
「私闘はしない主義だ。知ってるだろう」
「そう言うと思った。じゃあいつもの決闘なら? 俺が勝ったら交際を認めるという条件で」
「は?」
こいつは何を言ってるんだ?
葉月は桐上と付き合っているし、もはや勝負したところで意味はないだろう。
「本当は言うつもりなんてなかったんだ。俺は卯月が大切だから関係を壊したくないし、気持ちを抑えるつもりでいた。だから認めてくれるだけでいい。勝負してくれないか?」
桐上から葉月を取り上げるつもりはない。
ただ秘めた恋を昇華する儀式として、俺の承諾が得たいだけ。
つまりはそういう事なんだろう。
「わかった。……道場でいいのか」
「ああ。じゃあ行こうか」
親友のけじめの為だ。
手なんて抜かず、全力で戦う事を心に誓った。
そしてーーー、
「負け、た………」
いい勝負だと言ったはずの井戸川に、アッサリと投げ飛ばされていた。
「筋もいいし勘もいいけど、隙が多い。素人としてはかなり強いけど、俺も一応10年以上のキャリアがあるから」
まるで勝つのが当然だという顔で、そんな事を言う。
実際、これだけ力量に差があれば、戦う前から結果はわかっていたのだろう。
それだけに、滑稽でならなかった。
「……馬鹿な男だ」
「卯月?」
俺に勝てるとわかっていながら、何故今まで勝負を挑まなかったのだ。
桐上よりも先に井戸川と戦っていたら、今頃葉月と付き合っていたのは井戸川だっただろうに。
負けた悔しさよりも何よりも、そう思うと憐れになった。
「わかった。葉月との交際を認める。もしこの先、葉月と桐上が別れるような事があれば、次はお前が葉月を口説くといい。結果がどうなるかは、わからないけどな」
どこか空虚な気持ちになったのは、負けたからなのか。
それとも違う感情からくるものなのか。
どちらにせよ、半ば投げやりな気持ちでそう言えば、井戸川が意外な反応を返してきた。
「その言い方は傷付くな。俺が葉月くんと付き合っても、お前は平気なんだ?」
「え?」
「何か誤解してるみたいだけど、俺が付き合いたいのは葉月くんじゃないよ?」
………何だと?
「じゃあお前は誰と……」
「わからない? 俺が付き合いたいのは、卯月。お前だよ」
……………はぁ!?
「葉月くんと付き合いたいなんて、俺は一言も言ってないだろう?」
確かに言ってない。
言ってないけれど、そう思わせるには充分な言い回しではあったはずだ。
それより何よりも、何か重大な事を見落としていないか……?
「ってわけで、約束だから。俺と付き合うよな?」
「それだ!」
動揺しすぎて忘れていたが、自分は何を約束した?
負けたら付き合う事を認める。
確かにそう言った。
その対象が葉月ではなく俺だと言う事は、つまり俺が井戸川と付き合う…?
「じゃあそういう事で、これからは恋人としてよろしくな」
冷や汗をかく俺とは対照的に、満面の笑みを浮かべる井戸川。
しかしその背後には、何かどす黒いものが見える気がする。
「ちょ、ちょっと考えさせ…、」
「約束を破るのか? 卯月がそんな男だったなんてな」
この発言に侮辱されたと怒る事も、売り言葉に買い言葉で交際を承諾してしまう事も。
実は腹黒かった親友には、全て予想通りだったに違いない。
end
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