短編小説
□可愛いオトコノコ
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「遅かれ早かれ、いつかはこうなると思ってたけどな」
富崎 卯月(トミサキ ウヅキ)、高校3年生の冬。
中学時代からの親友にそう告げられ、ただでさえ沈んでいた気持ちは、いっそ埋まりたいほどの深さに沈められてしまった。
お兄ちゃんの話
つい先日の事、最愛の弟に彼氏ができた。
「葉月……っ、俺が不甲斐ないばかりに……っ」
小さい頃から天使のように愛くるしかった弟は、その可愛さに魅了された男共から狙われ、怯えている内気な子だった。
弟を守るのは兄の勤め。
何より俺が、大切な葉月を守りたい。
それだけを胸に戦い続けた俺は、正直かなりの猛者になった。
弟に対する交際申し込みは、まず兄である俺を倒してから。
そう周りに思い込ませる事にも成功したし、このやり方で今まで葉月を守ってきていたのに。
「ま、相手が悪かったよな。いくら卯月でも、桐上が相手じゃ勝ちようがないよ。あいつには俺だって歯が立たん」
ドン底まで落ち込んだ俺を、一応慰めているらしいこの男の名は、井戸川 学(イトカワ マナブ)。
見た目も中身もバリバリの体育会系で、柔道部主将。
俺を投げ飛ばして葉月を手に入れた、桐上の先輩にあたる。
「一生ベッタリしてられるわけないんだし、ここらで弟離れできていいんじゃないの? あの2人なら心配なさそうだし。ホラ」
指で指し示された先には、仲睦まじく手を繋いで歩く葉月と桐上の姿があった。
「桐上め……、弟を泣かせたら殺してやる……」
「ちょ、目が本気すぎて怖いからヤメれ」
本気だから当たり前だ。
「そんな睨まなくても大丈夫だって。見てたらわかるだろ? 全く色気ないぞ、あの2人」
遠目に見ても、確かにそう思う。
身長差もかなりあるせいか、引率のお兄さんと小学生のようだ。
手なんて繋いでおきながら、どうしたらあんなほのぼのした空気になるのか、逆に聞きたい。
しかしーーー。
「葉月くんは、惚れちゃったみたいだけどねぇ」
……そうなのだ。
義務感で交際を始めたらしい桐上はさておき、葉月は紳士な桐上に心を奪われてしまったらしい。
あんなにウルウルして可愛い瞳に見上げられ、何故落ちないのかは腑に落ちないところだが、桐上に邪な心が見えないのが唯一の救いだった。
「あの富崎 卯月を倒した桐上が葉月くんと付き合ってる以上、逆に今までより安全になったんじゃないか? 現に交際申し込みもストーカーもパッタリいなくなったんだろ?」
それは事実だ。
だからこそ腹立たしい。
俺が一生懸命戦っていた時は絶えた事のなかったアレコレが、桐上だとピタリと治まったのはどういうわけだ。
俺が舐められていたという事か。
「卯月は確かに強いけど、見た目がイカついわけでもないし、負けた事を信じられない奴もいたんだろう。きちんと武道をやってたわけでもないしな。たぶんだけど、それなりに強い段持ちなら、例えば俺でもお前には勝てると思う」
カチンとくる発言だった。