グレイシアの墓
□祝典序曲
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明日は月に一度の祭典。修道女たちは、民が恭しく拝見するための分厚い聖典の準備に取りかかっていた。
回廊の最奥にある図書館から、回廊を越えて街のほうへ張り出した聖堂へ、聖典を運ぶ。
この面倒な祭典のために、どうにか造りを変えて欲しいものだが、ゾフィア十字を象ったこの離宮の造りは、そうは許さない。
離宮は東西南北どこも似たような造りだとティーシャは聞いていたが、見たことなどないので分からない。それどころか、南離宮からほとんど出たことすらないのだ。
聖典は一部で何十冊にもなる。それを皆の目に映るよう、図書館から聖堂へ何十部も運ぶのだから、これはもうただの力仕事だ。
ティーシャはこの祭典が終わればもう行幸の準備に入ってしまう。
友人たちとの名残を惜しむように、ティーシャは張り切っていた。…しかしどうもその張り切り様は、尋常ならざるものがあった。
まずはひょいひょいっと聖典5、6冊を小脇に抱え込む。もちろん女手なら、両手で2冊がやっとのものだ。
それを見ている二人の同僚は半ば呆れている。このあとの展開が目に浮かぶからだ。
「相変わらず信じられない怪力ね。でも」
同僚が梯子の下から言う。
が、ティーシャは堂々と、梯子の段を踏み外し、がたんごとんと落ちてきた。
「ほら、言わんこっちゃない。何も持っていなくたって踏み外すものを、」
「そんなに抱えなくてもいいのよティーシャ。怪我はない?御慈悲を。」
「いつもすみません、シュスレ。祈りをありがとう、ミシェ。」
結局手を貸してもらい、6冊の聖典を抱え直すと、回廊に出た。
回廊は相変わらず朗らかだ。三人はそれぞれの聖典を抱えて歩き出す。
と、少し離れた塔の窓から声が掛かった。その2階を見上げる。
黒髪を束ね、黒装束に身を包んだ少女が手を振っていた。年の頃は三人と同じ、16、7。快活そうな笑顔が弾ける。
「ティーシャ!ミシェ!シュスレー!」
「ユージェ!」「ユージェだわ!」
「お帰りなさい、ユージェ!」
三人は聖典を放ると駆け出していた。
「ユージェ、薬師修行の旅はどうだった!?」
「もうヘトヘトよ、このとおり!」
と、ガッツポーズを取る、ユージェと呼ばれた少女。
「そこでみんなに、ユージニア様からお土産よ。じゃじゃん!」
きゃあと歓声が上がる。基本的に修道院に娯楽はない。それで、薬師見習いのユージニアのお土産は、密かなおたのしみだった。
「西方貿易商のおじさんから買った、銀細工よー!はい、みんな違う細工だから落とさないでねーはい、シュスレの」
ぽとりぽとりとユージニアが落とした細工の包みを、シュスレとミシェは苦もなく胸の前でキャッチする。それほど高くない2階からおとした土産。だが。
「え、わわ、待って、ユーう…きゃああ!」
なんとティーシャはそれを額でキャッチした。
小さいながらも銀細工。見事に額が赤くなっている。
「あ…ティーシャの運動神経…忘れてた…」
「うう…こわれてないかな!?」
「ごめんティーシャあ…」
ひたすら謝るユージニアにも朗らかに微笑むティーシャ。それほどいつものことなのだ、彼女がこういった失敗をするのは。
「ほんと、怪力で反射神経皆無だなんて!文字だけならゴリラとしか思われないわよティーシャ!」
「大丈夫よ、外見は伴っていないわティーシャ」
「えへへ、壊れてない!」
その銀細工は、見たこともない六角形の模様をしていた。