小説

□二人の散歩
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「置いて行かないって……、いったじゃないか」


オレの傍らで冷えていく君の肉体。

それがあまりにも悲しくて、辛くって。思考が追いつかない。

助けを呼ぶだとか、応急処置するだとかしないといけないのに。


オレは縋ることしか出来なかった。

過去の記憶がゆっくりと閃いていった。

熱い、暑い夏の最中の。



   *  *



「待って、よっ! 歩くの速いよ、獄寺君」


熱い、暑い夏の最中。
そういうと、曹達水のようにはじける笑顔を振り向いて君は僕に手を伸ばしてくれた。

オレと君は珍しく二人っきりで、歩いていた。

行くあても目的地もなく、ただただ肩を並べて歩いていた。
言葉もない中、ブラリブラリと。


どこに行くんだとか、なにがしたいのか訊ねたかったけど、横を歩く君の顔を見たらなんだかとても楽しそうで。

オレは訊けずに、もくもくと黙って付いて行くように歩いた。

続く沈黙、蝉の合唱が頭の芯を揺らすほど響く。

なんでこんな暑い真夏の日中を歩いているんだろうと嫌気が指すけど。けど、不思議と悪い感じはしなかった。

むしろ、心地良い。
 
肌を伝う汗や、焦がすような陽光は不快だけど、気分は高揚としている。

ただただ歩いているだけだけど、楽しかった。


「獄寺君?」


オレは笑顔で差し出された君の手を見つめる。


「すんません、気がつかなくって。掴って下さい」


そういうと、君は促すように差し出した手を緩く上下に揺らした。


(つまり獄寺君の手に掴って引っ張ってもらうってこと?)


おかしい。

オレは素早く頭の中で突っ込む。
オレが“歩くのが速い”といったのは歩調があまりにも違いすぎるから。

別に疲れて歩けないということではない。だから別に引っ張ってもらわなくてもいい。
少し歩調をゆっくりしてくれればいいって事。
 

――なのに。

 
至極当たり前のようにそんな良い笑顔をされては……。


(断れないよ)


オレは小さく躊躇しながら君の手を握った。

互いに汗ばんだ手が気持ち悪く冷たかったけど。
その力強い圧力が好ましかった。


「10代目、オレは…」

「うん?」


しばらく手を繋いだまま歩いていると突然君が口を開いた。

今まで会話がなかった為か、その声は掠れている。


「オレは絶対に10代目を置いて行きませんから!」


突拍子もないその宣言の意味がわからない。けれど、真剣な表情をしてひたすらに前を凝視している君はそんなオレの様子に気付かない。




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