□姫女苑
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店はかつてないくらい順調だった


昼も夜も賑わい

沿岸の魚貝を目当ての地元民や船乗り達の憩いの場となっていた

投資家達は新しい出店を持ちかけてきたが

仲間内の会議でそういう話も無くなった
―――銀行屋は信用ならねぇ―――

傾きかけている海運会社の現状を皆目の当たりにしていた

皆この食堂を大切にしていたけれど
同時に家族も愛していた

店が増えれば商売はもっと成功するかもしれない

しかしそのために犠牲になるものもあるのだ

日々を大切な人々と分かち合い護れるだけの仕事で十分満足だった



その月は各テーブルに姫女苑の鉢植えが咲き

開放されたテラスや窓からの汐風にしなり

おしゃべりと笑い声が溢れ出したランチタイムも終盤を迎え

客もまばらになり従業員も交代で休息に入りつつある午後






独りの東洋人が店を訪れた


彼女は小柄な腰まで

真っ直ぐに黒髪を走らせ

流れた前髪で右目は隠れ

もう少しで床に裾を引きずるほどの

サイズ違いの深緑のコートを着ていた


無表情でカウンターを横切り

海沿いに面したテラス席に着く

やはり汐風はbrown eyeの東洋人の長い髪を遊ばせる



ほどなくして東洋人の元には

しゃなりしゃなりと

引き締まった脚で優雅に歩く

この店の看板ウェイトレスがメニューを運んでくる



東洋人はメニューを一瞥して

vodkaをボトルで注文する



―まだ陽は高いわお嬢さん

レモネードはいかが?―



彼女は返事をする事もなく

水平線に眼を泳がせる



ウェイトレスはキャットウォークでとって返し

蒸留酒とショットグラスを給仕した

東洋人は眼を水平線に向けたまま



―料理長につけておいて―



―御用ならその物騒ななコートを脱いで

血の匂いをシャワーで流して

バータイムにでもいらっしゃいな―
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