短い夜

□後輩
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お父さんの転勤が決まった。


国内だが、今、この場所からは遠い所だ。


「なぁに?いきなり呼び出して」


私は今、冬の桜の木の下にいる。


後輩の君に呼ばれたからだ。


「先輩…明日出発じゃないですか…」


君は悲しそうな顔で私を見た。


「先輩、俺、先輩に行ってほしくないです!!」


必死に訴える君。


「…私だって行きたくないよ…」


私は涙をこらえた。


君に心配かけたくないから。


「先輩…」


「ん?」


君は私に近づき、私の手を君の暖かい手で握った。


「好きです」


無邪気な君が初めて私に見せた真剣な顔。


「…ありがと…」


私はコツンと自分のおでこを君のおでこに合わせる。


「私も好きだよ…」


私はゆっくり君の手をはなす。


「元気でね」


私は君の頭を撫でた。


君はしょんぼりうなだれていた顔を上げた。


「先輩…俺のこと忘れないで下さいね…」


君の真っ直ぐな目はすごく悲しく思えた。


「じゃ、またね…」


私はクルッと後ろを向き、歩き始めた。


「先輩!!」


少し歩いたところで君に呼び止められた。


「先輩、俺待ってますから。この場所で待ち続けますから!!」


私はにっこり笑う。


「また会おうね。忘れないウチに」


あれから五年。


あの日の桜の木の下。


もう五年も経ってしまったが、私は約束通りここへ来た。


「懐かしいな…」


私は空を見た。


「先輩!!」


あの日より男らしくなった君の声がした。


振り向くと、君は私の後ろに立っていた。


あの日と同じ太陽のような笑顔で君は私を迎えてくれた。


「おかえりなさい!!先輩」


「ただいま」


桜が咲き始める時。


私の気持ちが溢れる時。


儚い命でも、


恋でも。


私は君を、


君は私を忘れなかった。



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