チョコを買った。まだ、プレゼント用に加工されていない普通の板のチョコ。これから手作りチョコへと姿を変える板チョコ。
それをみていると作るのをやめてしまおうかと思う。板チョコは板のままだからおいしいんだ。
なんて、自分の考えを正当化。


アルミ箔を破いてチョコをとりだす。今から作るのは、チョコじゃなくて新しい自分。
今しかチャンスがないんだ。だって今年は逆チョコというものがある。去年も一昨年も無理だったけど今年なら渡せる。

チョコを作っていると、初めて見たときから今日までの想いが色々とよみがえる。
何を考えてるのかわからなくて、苦手に思っていた頃とか避けてしまった時期とか。
苦手に思っていたのは惹かれていたからなんだって今は思う。好きになってはいけないという危機感を勝手に苦手だと認識していたんだ。
だから避けてしまったけど、あいつにはそんなの関係なかったんだろうな。

好きになったのはいつだっけ。というより好きだと気付いたのはいつだっけって言った方が正しいかもしれない。
いつのまにか目で追うようになって、いつのまにか一緒にいて楽しいと思っていて、いつのまにか苦手意識はだんだん好きだという感情に入れ替わっていった。
本当に、不思議でたまらないけど、いつのまにかこんなにも好きになっていた。
少しづつでいいから距離を縮めようと、たくさん話したり遊んだりって自分なりに努力した。
好きだ好きだってすごく思って、そう考えるだけで寝れない夜というのが本当にあることを知った。今だってそうだ。

失恋なんて何度繰り返したのかわからない。
あいつは知らないうちに彼女をつくるから、俺は知らないうちに失恋していて。
だけど、見た目は不誠実そうでも本当は優しいんだって知ってる。彼女のことを大切にしていたのも知っている。
あいつに彼女がいた期間は一度だって一緒に帰ったことがない。昼飯だって別々だ。
羨ましいとか嫉ましいとかそんな負な考えを何度もしてしまうのがいやになって、しょうがないことなんだと割り切って、でも割り切れなかったりしながら、耐え続けた。
だけど、いつだって別れを告げるのは女の方からで、その度に女という生き物を憎み羨んだ。あいつを捨てるのも、あいつの心の隙間を埋めてやれるのも、女だったから。
恋愛での傷は恋愛でしか治せない。

なんで俺は男なんだろう。
なんであいつは男なんだろう。
そんなの考えたって女の子になれるわけじゃないけど、どうしても考えてしまう。
なんであいつを好きになってしまったんだろう。
なんで好きになっちゃいけないんだろう。
これをまぁ飽きずに毎日思い続けて、とうとう限界がきてしまった。
もうこれ以上好きでいても、どうしようもない。どうにもならない。
世間の考え方が変わるか、俺がやめるか。
どっちも難しい選択肢だけど、周りに何も影響がないのは「俺がやめる」ほうだ。いや、何も影響を及ぼせないのが「俺がやめる」ほうなんだ。

だから、チョコをつくった。
これで最後。これを渡して、終わらせる。
口でいうのは簡単で、本当に終わらせられるのかなんてやっぱりわからない。
だけど、気持ちはチョコと一緒に渡してしまおう。頭のてっぺんから足の先まで全身に溢れるくらいある気持ちを、全部チョコに詰め込んで渡してしまおう。
そうすれば、今よりきっと、ちゃんと生きれるかな。

涙で視界がぼやけるから、ぱちりと瞬きをしたら、拍子に涙がチョコの中へと落ちてしまった。

気持ちも涙も詰め込んで、最後にもうひとつ。


「…好きだ」

好きだ好きだ、本当に。
これ以上の好きはきっとないよ。



なんで、なんで俺はオマエを好きになってしまったんだろう。
なんで好きになっちゃいけなかったんだろう。

出来上がったチョコを見ながら、毎日思い続けてきたことをまた思ってしまった。
これを思うのは、きっと最後になるはずだ。

だって気持ちも涙も、愛しさも全部チョコに詰め込んだんだから。










今日は土曜日、バレンタインデー。そんな日にも部活は変わらずある。
引退した今でも3年参加の日が設けられて、後輩の指導を中心に活動する。

学校に着いてテニスコートを見れば、女の子たちがうろうろとしているのが見えた。手にはチョコレートが入っているだろう可愛らしい袋。
今年は誰が一番もらうんじゃろ、と他人事のように呟いた。


部室に入ろうとしたそのとき、中から元気な声がきこえた。

「じゃーん!チョコ作ってきちゃいましたー!」
「おぉお、俺にっすか!?」
「ばーか、オマエだけじゃねえよ」
「なーんだ」
「とても美味しそうですね」
「だろぃだろぃ」
「それにしても丸井、どんな風の吹き回しだ?」
「失礼だぞ柳!ただ今年は逆チョコが流行ってるからさ、作ってみた。逆友チョコ!」


ドアの外で入るタイミングを逃したことに少しだけ後悔。
「逆友チョコ」という言葉がやけに頭に響く。
がやがやと騒がしい部室のドア前で小さく深呼吸して、今来たことを装いながら中に入った。

「おはよーさん」
「あ、仁王ー!」
「うぇ、なんじゃこの甘ったるい匂いは」
「失礼だな!今日はバレンタインデーだから俺作ってきたんだぜ」
「ほーう」
「ほら、仁王にも。逆チョコ」
「ま、もらっといてやろうかの」

えらそうだなー、と怒るブン太の頭をぽんぽんと叩いてなだめると、バカにしてんのか!とさらに機嫌を損なわせてしまった。

それから部活が始まって、いつも通りに指導をしていた。
ふとブン太を見れば、2年相手に試合形式で練習をしていた。
ボールを上手く操って色々な球種を出している。様々な状況にも対応させるための練習なのだろう。
だてに立海大レギュラーをやっていない、と思えば、最後の最後に綱渡りを決めて目立とうとしていて、思わずらしさに笑ってしまった。









「なぁ、オマエ何個もらった?」
「さぁ?数えとらんからわからん」
「つまんねー」
「ブン太は?」
「オレ、72個!」
「うわぁ、血液がチョコになりそう」
「ばーか」
「ふふ」

チョコレートが大量に入った袋を両手に持って、家路をたどる。
今日もブン太と一緒に。

「オマエだって、チョコレートかなりあんじゃん」
「ほんと、どうしようかの」
「全部食べろよ」
「えー、ブン太みたいなお腹になりとうない」
「んだと、てめぇ」
「きゃー」

ふざけて言った言葉のあとにブン太の言葉が続かない。
不思議に思って顔をちらりと伺うと、目があった。

「ちゃんと、ちゃんとオレがやったやつは食べろよな!」

まっすぐな瞳を向けられて、少しドキリとする。

「残さず食べるきに、心配しなさんな」

そう言ってやるとブン太は顔を綻ばせ、何事もなかったかのように話し始める。
動揺した心をなだめ、俺も何事もなかったかのように振る舞った。








「ただいま」

誰もいない家に向かって発せられた言葉は虚しく空中で消えた。
一人だけの足音が静かに響いて、何となく孤独な気分になる。

自室のベッドに体を預けると、帰りぎわのブン太の笑顔がよみがえってきた。
あそこで動揺してしまったのは、とてもいけなかった。と思う。



ブン太が、自分にチョコを渡すときだけに「逆チョコ」と言ったことにすぐ気付いた。
他のみんなには逆友チョコだったはずなのに、自分には逆チョコだった。
そんな些細なことを気にしてしまった。だからきっと動揺した。
だけど、そんなのただの考えすぎかもしれない。
たとえ自分の考えが正しくて、ブン太の気持ちが俺に向いていたとしても、きっと受け入れることはできない。
好きだから、傷つくような未来しか作れない自分は相応しくない。なんてかっこいいことの裏側に、自分が傷つきたくないという本音があることを隠してしまう。
そんな臆病者だから、やっぱりブン太に惹かれてしまったのかもしれない。

あのまっすぐな瞳を、きっと忘れることはできない。
俺にはない、まっすぐさ。
嘘も、飾り気もない、瞳。
焦がれてしょうがないのに近付けない。近付きたくない。


まぁ、ブン太が俺のこと好きだなんて、万が一にもあるわけないけれど。


ブン太からもらったチョコを食べる。
今までにないくらい、愛しい味がした。

不思議と色んな想いが溢れてきた。とってもとってもおいしかったけど、少しだけ涙の味が混ざっていた。





「好いとう…」

泣きながらチョコを食べてる自分を想像すると笑えたけど、涙は止まってくれそうになかった。
涙より止まってほしい愛しさは、もっと止まりそうになかった。

どちらにいっても傷ついてしまう曖昧な心を抱えて、真っ暗闇の迷路に迷い込んでしまったように動けずにいる。

「自分から填まったくせにの」


気持ちも涙も愛しさも迷いも、すべて捨ててしまいたい。
そうできたなら、どれほどいいだろう。



END










遅くなりましたがハッピーバレンタイン!
最近、びーえるならではの苦悩とか、諦めとか、戸惑いとか、そういうのに萌えてしまってしょうがないのです。なんか殺伐としてしまった感が否めません…。ちくしょう。
いつか避けてしまった時期のこととか、仁王に彼女がいる時期のこととか、書きたいなぁとか思ってます。では!
ここまでお読みいただきありがとうございましたoyz

2009/02/24 咲良


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