短編夢
□紅と黒を混ぜて
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「姉上」
「んー?」
「ダンさんと結婚しないんですか?」
ガチャン、姉上が持っていたカップが床に落ちて砕けた。
「カノン……恐ろしい事言わないで……!あぁもう何年ぶりかのさぶいぼが……!!」
「似合いだと思うんですがね」
「どこが!?」
「姉上は常識人に見えて実は情緒不安定ですし、ダンさんは飄々としながらも常に高みにいますから」
「だからって!あーもうっ、お気に入りのカップだったのに!」
ぶつぶつ文句を言いながら、姉上はカップの破片を片付ける。僕はそれを傍観しながら、アップルティーに口を付けた。
最近ではティーパックでアップルティーを入れるのが多いが、姉上はちゃんと林檎の皮を煮出したお湯で紅茶を入れている。市販の物にはない芳醇な香りが、僕好みだった。
「ダンとは、そんなんじゃないから」
「……へぇー」
「何そのつまらなそうな声」
「いえいえ、姉上の春はいつ来るのやらと」
「アンタ、お姉ちゃんからかって楽しむの、いい加減に止めなさい」
「からかう対象は姉上以外にも増えましたよ」
「嫌な進歩ね」
確かに。最近ではセルゲイの髪の後退が著しい。
「まぁ、姉上はファザコンでしたからね。身の回りの御仁では不服でしょう」
「……は?」
「ですから、ファザコン。父上大好きだったじゃないですか」
「あー……うん、そうね。ごめん、昔の事は……」
再会して、気付いた事。姉上は幼少の頃の記憶が曖昧だ。
確かに毎日親戚に殺されるのではないかと怯え、隠れ、最終的には目の前で両親を殺されたのだ。
防衛本能が辛い記憶を消してもおかしくない。
だがーーーーーーなら、一つ残らず覚えている自分は、何なのだろうか。
「私より、カノンよ!」
「僕、ですか?」
「いないの?好きな子の一人や二人」
「僕は……」
何故、でしょうね。
姉上やダンさん達の事は、確かに大切だと感じるのに。
「恋愛感情なんて、忘れましたよ」
あの腐った娼屋にいたせいか、僕自身腐ってしまったようで。
恋がとても愚かに思えた。
「……そう」
姉上の恋はとても綺麗に思えるのに。
こんな僕を異性として愛する事自体が、愚かだと思っているのだろう。
僕は道化ーーーーーーなのだから。
ピエロは恋せず、享楽の為に踊れば良い。
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