倉庫
□そして漸く鵺が鳴く
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叔父であり大学の助教授である綿貫詠司の車に乗せられ、着いた先は都心から離れた町。田んぼが多く見え、学校帰りで遊んでいたのか、ランドセルを背負ったちびっ子が元気に走り回っていた。
長閑だ。だけど。
「うええぇぇぇ……!」
気分を害するような声を出させて下さい。
「何だよ冬月、車酔いか?だっらしねぇなー」
「こくっ、国道で……ドリフト走行した、人間が……うぇっ」
車酔いをする方ではないが、あんな無茶苦茶な運転をされたら普通酔うだろう。
以前に叔父とのドライブは最高のデートだと語っていた叔母をほんの少し尊敬して、傍若無人なまでに僕を無視してすたすた歩く叔父の後を追い掛ける。
途中で、何人かのちびっ子とすれ違う。元気いっぱいに挨拶されて、どもりながら挨拶を返す。暫くして、ちびっ子達が一様に同じ場所から出て来ているのが分かった。
質素かつ、穏やかな佇いの寺。裏手には小山、漆喰の壁に山の緑が映える。長く見ていなかった瓦屋根の黒が、沈みかけた陽の光を浴びていた。
古めかしい門の所に、袈裟を着た男性が立っていた。依頼人だろうか、僕らを見て微笑んだ。
「綿貫さん、ですね?わざわざご足労頂き、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらも趣味でやっているようなものですから」
何爽やかな笑顔で心にもない事を言ってやがる。騙されるなーこの男は甥とピザまんを賭けてマジ喧嘩する野郎だーと念を送っていたが、人が良いのか男性は気付かない。男性は叔父と和やかに話しながら案内を始め、溜息をついてから、僕も後に続く。
寺の境内は、手作りのブランコや砂場があり、この辺りじゃちびっ子達が遊び場にするのも分かる。男性が保護者のように遊びちびっ子達を見守る光景を思い浮かべたら、何だか和んだ。
だが本堂に通され、仏像が飾られるすぐ横に通された。ちらちらと荘厳な仏像が視界に入り、また部屋にも急拵えらしい棚に白い包みの箱が置いてある。寺らしい雰囲気に呑まれていると、男性が紫色の風呂敷に包まれた何かを持って来た。
「あぁ、そちら様にはご挨拶がまだでしたね。此処の住職の、萩谷慶雲と申します」
「あ、幟堂、冬月です。綿貫の甥です」
「萩谷さん、これが例の」
「そうですか……お若いのに、感服致します」
この人の良さそうな住職さんに何を吹き込んだんだこの野郎。恨めしく送った視線は完璧な企み笑顔にガードされ、では本題に、といよいよ当人放置で話が進む。
「これが、見て頂きたい刀です」
丁寧に風呂敷が外され、姿を現したのは土で汚れた刀、の柄。
「……え?」
「はい、柄です」
住職さんは大真面目だ。
来る前に、いわくつきの刀だと脅されていたので拍子抜けしてしまう。決して、決して血霞で妖しく輝く日本刀を期待していた訳ではないが、やはり。
「裏の山で、子供達が遊んでいる最中に発見しまして」
「この辺りは戦国時代に合戦があったと聞きます。やはりそれと関係があると、萩谷さんもお考えですか?」
「はい。この寺を預かる身としては、出来る事なら供養したいと思いまして」
どうやら叔父は叔父で独自調査をし、それを全く僕に教えずに来たらしい。いや、調べるのは良いが、働くのは僕なんだが。
仕事に真面目な住職さんは期待を込めた目で僕を見る。あまり、こういう良い人を失望させたくないので、僕は漸く口を開く。
「僕の力ですが」
「綿貫さんから聞いています。何でも、物の記憶が見えると」
「……まぁそうですが」
“サイコメトリー”
専門的にはそう言うらしい僕の能力。祖父の形見分けを機に目覚めてしまった、とても有り難くない才能だ。
「最初に言っておきますが、物が作られてから今までの記憶が全て見える訳ではありません。見えるかどうかも物次第だったりします」
「……と、言うと?」
「住職さんなら分かって貰えると思いますが、物はある程度人間に使われると心を持ちます。その心が、僕に見せたいと思う記憶は見れるんです」
物は喋れないから、大切な事しか伝えない。せめて僕が触れている間に、自分を大切にしてくれた持ち主との思い出や、これだけは伝えねばという事実を教えてくれる。
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