キマグレSS部屋

□泣かないで、と言いたくて。
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「貴鬼ー?」

どうしたことだろう。
姿が消えてから、半日が過ぎようとしていた。

半年前に拾った年端もいかぬ少年は、それまでに余程酷いことがあったのか、一度も口を開いていない。

ムウと劣らない高い念動力、そして額の眉、大きな目―――。
自分と、亡き師の外見的特徴から、同じ一族の末裔だと検討はつけている。


風が凪いだ一瞬、もう一度ムウはその名を呼んだ。

『貴鬼…』

今度はその心にも呼び掛けてみる。


“貴鬼”―――。
口の聞けない少年に名付けたのは、ムウだった。
その異能から“鬼”と蔑まれた少年に、
『あなたは鬼じゃない』
と言い聞かせたのは半年前。
……実際はもっと前に出会っていたのだが、ムウ自身の心が少年に接する余裕を持っていなかった。
『―――あなたの存在は決して、鬼などではない』

そうは言っても、名を与えたのは呼ぶときに困るためである。
少年と僅かの食卓を囲み、とりあえず清潔なムウの古着を与え、眠りに落ちる少年は自発的に壁際に寄った。
初めこそ壁際の少年に声を掛けはしたが、置かれた毛布にくるまって眠るのみだった。
いつしかそれも普通になり、ムウの中ではいつまでも“少年”だった。




「貴鬼ー!!」

岩だけの大地に、声だけが木霊する。
いくら呼んでも返事はない。
精神にも返答がない。
幼すぎて、小宇宙も掴めやしない。


もうすぐ日が暮れる。
日が暮れれば高山の気温は一気に下がり、夜目がきかないあの子供は、高い能力があったとして、十分にそれを発揮できずに命を落としてしまうだろう……。



更に険しい岩山に足を踏み入れようとして、ふとムウは足を止めた。

―――これ以上探すことに、何の意味があるのだろうか……?




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