□なにもできない、なにも
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水谷と瀬川をふたりっきりにすのは嫌だったけど、しゃーないから。

職員室に行って用事済まして。

早く戻って、アイツと話したい、なんて思って思わず早足になる。

なのに、階段のほうに曲がろうとしたら駆け上がってくる音がして。

何故か、足が止まった。

俺の後ろを着いてきていた花井が追いついたところで、ソイツが泣いてるのが聞こえた。

声を殺してるんだろうけど、嗚咽は確かに聞こえて。

誰だよ、と見ようとしたときに身体が固まった。




『ふっぐ…す、き…すき、なの、にっ…ううっ…』

『ひくっ…み…ずたに、く…ん…〜〜っ。』




その声は間違いなく、瀬川で。

俺は凍ったように動けなくなった。

言いたいことも聞きたいこともあるのに動けなくて。


何で泣いてんだよ、んで…


そればっかり頭に回って。


……すきって…泣かされたくせに、んでだよ…


そればっかりイラついて。

手が白くなるくらいに強く強く拳を作って痛いくらい握った。

花井は不思議そうな顔をして角から見れば、同じように固まった。

それから、物凄く悲しそうな顔をした。


なんでお前が、んな顔すんだよ。


でも、声には出なくて。

でたのは、掠れた。小さな小さな声。




「……瀬川」

「…由梨、あいつ…」




出て行って、抱きしめて。

馬鹿みたいに痛いって言うくらいに強く強く抱きしめて涙なんて止めてやりたいのに。

身体は動かない。足が動こうとしない。

拒否するみたいに、石みたいに動かなくて。

ただ、立ち尽くしていた。

俺は、花井とふたりただ立ち尽くすしかなかった。






なにもできない、なにも

手も足もでない。だけど、水谷は瀬川を泣かした。

それだけは許せなくて。沸々と怒りと嫉妬と醜い想いが湧き上がって。


もう、このままではいられないと。
もう、このままでは我慢できないと。
もうこのままではいけないと。


ただ、そう思ったんだ。




*

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