□抱きしめた彼女は小さい
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篠岡が体育で倒れたっていうことは、男子の体育まで流れてきた。

それを聞いた水谷は、本当に焦って心配していて、花井が落ち着かせてやっていた。

それを横目に見ながら、俺は由梨のことを心配していた。

授業が終わると、水谷は一目散に走り出して保健室へと向かっていった。

それに気にも留めないで着替えを済ませ、教室に戻る。

教室を見回して、嫌な予感がした。

いない。由梨がいないんだ。

トイレにでも行ってんのか、と思いながらも嫌な予感が抜けない。

平然を装って、クラスの女に声を掛けた。

そしてそれと同時に走り出す。




「あんの、馬鹿っ!」

「!阿部!?」




教室を跳びだすと花井とすれ違う、名前を呼ばれたが気にしてられない。

とにかく、早く保健室に。

馬鹿みたいに必死になって足を動かす。


(くっそ、なんでだよっ!)


いつも由梨ばかりだ。

傷付いて泣くのは、いつもあいつだ。

やっと笑顔が戻ってきたんだよ、俺を見てくれてるんだよ。

目の前に保健室の前で固まるアイツを見つけて、ぎゅっとまた胸が痛む。

あんな顔、させたくねーのに。

やっぱり馬鹿みたいに手を伸ばして、アイツの瞳を覆ってやる。

それを望んでいるように見えたから。




『…あ……』

「はあ、はあ…」




これくらいはいつも部活で走ってるのに、カッコ悪いほど息が上がる。

それでも引き寄せて、背中から支えて、由梨の涙を隠す。

俺の掌は確実に濡れていく、それを感じながら目の前のふたりと目を合わせて言葉をつむぐ。

はやくここから離れさせてやりたい、ただ、それだけを思って、強引に引き寄せて引っ張った。

由梨は抵抗することなく、そのまま引っ張られている。

空いている教室のドアを開けて、そこに入って翳していた掌をゆっくりと離す。

彼女の目は真っ赤になって、今も尚涙を流し続ける。




「…お前は…馬鹿か!なんで、なんでわざわざお前はっ…」

『っ、ごめ…ごめんな、さい、ごめんなさい…』




俯いて謝罪を繰り返す由梨。

違う。謝って欲しいわけじゃない。

口を開きかけて、閉じ、由梨をゆっくりと優しく抱きしめた。




「…悪ィ、んなことが聞きたいわけじゃねぇ。…けどよ、わざわざ傷付きに行くな、行ってんじゃねーよ…辛いなら俺を呼べ、泣くんなら俺の腕ン中で泣け、俺の前で我慢すんな…好きなだけ利用しろ、馬鹿。…俺は由梨ひとりで耐えてる方がずっと嫌なんだよ…っ!」

『た…か、や…』




情けないほど弱弱しい声が漏れた。

俺らしくない、けど見てられねーんだ。

こんなに小さいんだ、俺の好きな女は、俺に収まる程に小さいんだ…





抱きしめた彼女は小さい

の癖に、強がる。
自分の問題だって抱え込む。

俺は、お前の支えにはなれねーのか。
俺は、お前の頼りにはなれねーのか。

いつだって護ってやりてーのは、俺の身勝手なのかよっ…








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