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数日前まではただ芽が生えていたばかりだった菊の花は、太陽の光と緑化委員会の水やりによってスクスクと成長していた。

小指ほどしかなかった背丈は、20センチ程まで伸びて緑の葉っぱを広げている。

そっとその葉を指で掬い、優しく親指で撫でた。




「随分成長しただろう?」

『!…そう、ですね。』




何処かでこうなるとわかっていた。

こうなって欲しいと思っていたのかもしれない。

ゆっくりと振り返ると其処に居たのは、あの時と同じように如雨露を持った幸村さんだった。




「世話をした分だけ伸びやかに育っていくんだよ。」

『…育てがいがありますね。』

「ふふ、うん。我が子みたいに可愛くってね。」




ふわりと笑った幸村さんは本当に綺麗だ。

女の子と似ているようで違った印象を植え付けられる。

彼はその笑顔のまま花壇にしゃがんこんだ私の横まで足を進めると、同じように膝を折ってしゃがんだ。

驚いて目を丸くすると、彼はまたふわりと警戒を解くように笑って持っていた如雨露を横に置く。




「美術室の絵、見たよ。」

『!え、あ…なん…、』

「俺も選択美術でね。クラス分けで同じ授業じゃないみたいだけど。」

『そう、ですか…。』




一呼吸置いて告げられた言葉に、平然を装いきれず声が震える。

何時かは言われるだろうと思っていたが、まさか彼も美術を取っていたんだ。

動揺で目を泳がせていると、幸村さんは苦笑してから顔をあげて空を見上げる。

つられて青を瞳に入れる、口を開いた彼に合わせて視線だけそちらに向けた。




「引き寄せられたよ。」

『え…?』

「題材がテニスだって理由を差し引いても筆のタッチや配色、何かを感じて絵から目が離せなくなったんだ。」




瞼を落として目を瞑ったままの幸村さんは、酷く綺麗に見えて思わず見惚れる。

ただ、呆然と言葉を頭のなかで再生しながらその顔を見ているとチラリと此方を見た流し目に慌てて顔を正面に戻す。

そしてそのまま空を目指し続ける菊の葉に目線を落とした。




『…勝手に描いてしまって、ごめんなさい。』

「え?ああ、やっぱりアレ俺なんだね。」




膝を抱えて呟いた言葉に幸村さんは最初首を傾げたが、納得したようにふわりと微笑む。

怒ってはいないことに安心する。

嫌な顔をされたらとやっぱり不安だった。

幸村さんは気にしていないように微笑み続け、私の言葉の続きを待っているようだった。












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