□どうか、今だけは…
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ふたりが走り去ったまま、あたしは阿部に手を掴まれたまま振り払うこともしないで声を殺して泣いた。

振り払う気力も勇気も、追い駆ける勇気も気力も、何も無くて。

ただあたしはそこに立ったまま涙を流して泣き続けた。

阿部は小さく「ごめん」と謝って手を放す。

あたしは振り返らずにその腕も垂れ下げたまま唇を噛み締めていた。

阿部はそのまま数歩歩いてあたしの先に立つと背を向けたまま話す。




「返事は、いつでもいいから。俺の気持ちは知っといて欲しかった。自己中で悪かった。」




それだけ言って図書室から出て行った。

部活に、戻ったのか、な。なんて思いながら閉じた扉を見つめていたらまた先がにじんで。

考えずにここで泣いてしまいたかった。

だけどもう一度だけ唇を噛み締め、耐えるように強く強く。

そして図書室を飛び出し、グラウンドから離れるように走って家に向かった。

何度も走ってる最中に立ち止まってしまいたかった。だけど、必死に足を動かして。

その勢いのまま家に駆け込んで、母親の言葉なんて聞かずに、部屋に逃げ込んだ。

そしてあたしはその場に崩れるようにしゃがみ込んで、声を張り上げて泣いた。



頭の中がごちゃごちゃで理解なんて出来ない。

だけど、無性に悲しくて寂しくて辛くて苦しくて…哀しくて…。



次の日の事なんか考える余裕も無く、ただ勢いのままに泣き疲れるまで声を張り上げていた。

千代、阿部、そして水谷くん…あたし。

関係は確かに崩れていく。

どうすればいいのか、どうなってしまうのか。




「由梨ちゃん。」千代

「瀬川。」阿部

「瀬川っ。」水谷くん

「由梨、」あず…




(…助けてよお、あずっ…)

不安なこと心配なこと、沢山あるけれど。

だけど…






どうか、今だけは…

ただこの哀しみの中で
深いこの思いのままに
ただただ泣き続けて…

神様、どうか許して下さい。
神様、どうか助けて下さい。


どうか、どうか…かみさま…







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