□俺の最初で最後の最低な賭け
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『阿部、本当に来た。部活の途中でしょ?抜けて大丈夫なわけ?』

「休憩中に決まってるだろ。サボればモモカンが恐ろしいつーの。つか、俺はぜってーサボらねェ。」

『はいはい。阿部まで怖がるとか、その監督さん本当に怖いんだね。』




あはは、と瀬川は声を上げて笑った。

その笑顔は無理矢理作っている感はなかったけど、緊張しているような雰囲気だった。

時間も無い、俺は自分が思っていた以上に緊張していることを感じながらも話を切り出す。




「あの、よ。」

『梓、部長なんだよね?ちゃんとやってる?梓は若干弱気なとこあるからさー、心配。』

「…瀬川。」

『阿部はキャッチャーだよね。流石野球少年ユニホーム初めて見たけど、似合ってんじゃん。』

「…瀬川。」

『でも、阿部のことだしピッチャーの子に怖がられてたりしてー?』

「瀬川っ!!」

『っ……』




話をさせないようにさせないように装う彼女にイラつきと哀しみを覚えて大声を出す。

瀬川は目を大きく見開いてからゆっくりと伏せて小さく『ごめん。』と謝った。

それを見てから俺もゆっくりと口を開く。




「…きだ。」

『…ぇ…』

「俺は由梨が好きだ。」

『っ…なん…え?』ガタン




ドアの方から音が響いて、彼女がそちらを勢い良く振り返った。

そこにはドアを開けて困惑と悲哀の混ざった表情で見つめて来る、篠岡。

その後ろの奥に、同じように驚愕と困惑を浮かべた水谷が見えた。

それを見て瀬川はさらに大きく目を見開いて彼らを写した。




「あ…阿部くんを、呼びに、来て…、で…」

『…ち、よ…』

「由梨、ちゃ…ん、ごめっ…」

『千代!っ…水谷、く、ん…』

「何なの…何がどうなってるんだよ!しのーかっ!!」

『水谷く!っ!?……あ、べ…』




走り去った篠岡、それを追いかけていく水谷、それを追いかけようとした由梨の手を掴んだ。

彼女はその手を写し俺の顔を見てから、篠岡と水谷の消えたドアの向こうを見つめて立ち尽くした。

振り払われたらそれまでだった。

でも、彼女は振り払うことも追いかけることももう一度俺を見ることもその手を握り返すこともしなかった。






俺の最初で最後の最低な賭け

拒絶も何もしない、ただ、立ち尽くす。

そして彼女は涙を流し続けた。
肩を少し震わせて、声を殺しながら泣いていた。

俺はやっぱり何も出来なかった。







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