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3時間目の担任、櫻木の国語(現代文)の授業。

それは突然だった。行き成り気分が悪くなり嫌な気持ちが身体の中を駆け巡る。

ノートを録っていた右手が、右腕が震え始めて字が歪む。

それを見て更に気分が悪くなって抑えるけど止まらない。

ここに居ては駄目だ、と精神を保ってガタリと音を立てて椅子から立ち上がる。




「水瀬?どうした?」

『…具合が悪くなった、ので、保健室に行かせ、てくださ…い。』

「…大丈夫か?顔色が悪い、誰かつけようか?」

『いり、ませ…急いでいってきま、す。』




半ば無理やり話を打ち切って、駆け足気味にあやかは教室を飛び出す。

その間も身体が、右腕が震えていて気分が悪い。

保健室に行っても意味が無い気がした。


(この震えは(直感だけど)あの時を私に思い出させているから。)


だからよろけながらもあやかは誰も居なさそうな屋上に向かって足を伸ばす。

息もだんだん切れて来て、肩で息をしながら右腕を左手で強く握った。

時間を掛けながらも屋上に上がりドアを押し開けて外に出る。



春風があやかの頬を撫ぜる。

おぼつか無い足取りでフェンスまで歩き突っ伏すように座り込む。

ガシャンとフェンスが音を立てる。右手でフェンスを掴む、震えは止まらない。

それどころか震えは身体全体に広まっていた。


(気分悪い、気持ち悪い。この右手が気持ち悪い。きもちわるい。)


自分の腕なのに何処か気持ち悪い。頭の中であの事故で有り得ない方向に曲がった右腕が写った。

その瞬間にあやかの中に溜まっていた“気持ち悪い”が弾けた。




『ああああっ…いや、だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だっ!』




ガシャンとまたフェンスが音を立てる。力なく右腕を垂らすが震え続ける腕。

その腕を左腕で強く強く、痛いくらいに握り締めた。

跡が残るんじゃないか、と思うほど加減無しに握る。痛いはずなのに痛みがない。

その痛みすら無いことが更にあやかをパニックに陥れた。


(なん、で!これじゃ“あの時”と一緒じゃんか!!嫌だ、イヤだよ!)


左手を離して今度は強く自分の右腕をめい一杯に殴った。

何処かで息を呑むような音が聞こえたが気にならない。それより痛みが来ないことに頭がおかしくなる。

そして無性に自分が怖くなって、怖くて。




『嫌だ、止まって止まってよ!怖い、怖い怖い、私が怖いよ。助けて、焔…えん…誰でもいい、たす、けて…』




両手で両肩を抱いてあやかは自分の身体を抱き締める。

小さく小さくなりながら自分の身体をぎゅうぎゅうに抱き締めて叫んだ。

溜まっていた涙が溢れて、焔とあの子に助けを求めて。

自分が怖いのに自分が認められたくて。

何かが身体の中を渦巻いているのを感じた。それは黒い黒い靄の様な、“なに”か。

全てが嫌になりかけたその時、私を暖かい大きな何かが包み込んだ。














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