□いつも彼に救われる
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「!篠岡さん!?」

「千代ちゃん!」

『!…ちよ…』




6時間目の体育で突然倒れたのは、千代だった。

持久走を終えた後、千代の身体はゆっくりと倒れたらしい。

千代は先生によって保健室に運ばれ、終盤だった授業はストレッチをして解散になった。

その際になぜかあたしが千代の鞄を保健室に運ぶよう頼まれて、着替えてから保健室に向かう。

気が引けたけど、ただ、これで少しでも気まずさが消えたらいいと軽い気持ちで向かっていた。


まさか、傷付くとは思わずに。


保健室前までたどり着いて、千代の鞄を胸の前で抱える。


(…大丈夫。落ち着け、あたし。)


ふう、とゆっくり深呼吸してから保健室のドアに手を掛けて、スライドさせた。


中で、声がしていたことに気付けないほどにあたしは緊張していた。




『…っ、ぁ…』

「「!!」」




ドアを引いて顔を上げたその瞳に飛び込んできたのは、ふたりのキスシーン。

まさかの展開に頭は真っ白。身体は固まり、声が漏れた。

その声とドアの開いた音にふたりは慌てて離れ、こっちを勢い良く振り返る。

そして同じ様に目を見開いて固まった。みんな動けない。

ドクドクと心臓の音が五月蠅い。それしか聞こえない。

息が止まる、苦しい。何をすべきが判断できない。

そんな真っ白な中で必死に言葉をかき集めて、精一杯振り絞って空気を震わす。




『…ぁ、ごめっ…その…千代の、か、ばん…持ってくよう、言わ、れて……それ、で…』




空気が重い。ふたりのあのシーンが頭から消えない。

苦しくて痛くて胸がいっぱいで、目元が熱を持っていく。


(泣いちゃう…泣いちゃ、駄目なの、に。涙なんか見せたくない、のに…)


どうか今潤んでいるのが見えてませんように。

泣くのを我慢できないなら、走って、ここから一秒でも早く逃げなきゃいけないのに。

逃げてしまいたいのに、なのに足が言うことを利かない。地面に吸い付いてしまったように動いてくれないっ!

その間にも涙は待ってくれなくて、一杯になって視界が歪んだ。


(…ああっ、もう、ダメだ…)


溢れ零れ落ちると同時に、目の前が真っ暗になった。




『…あ……』

「はあ、はあ…」




背中からは暖かい体温、耳に響く上がった息遣い、瞳を覆って引き寄せられた大きくて優しい掌。

知ってる、あたしはこの人を知っている。




「、邪魔したな。鞄はここ置いとく。…行くぜ、由梨。」

『あ…』




瞳を隠されたまま強引に引っ張られてその場を離れる。

あたしはなされるまま涙を流していた。





いつも彼に救われる

見られたくなかった涙、
それは隆也の掌で隠された。

…また、隆也に助けられた。








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