□あれとこれとそれと
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阿部はただ“あたし”を優しく強く抱きしめていた。

抱きしめ返すことは良くないだろうことはわかってた。

…阿部を傷付けてあたしもきっと辛くなるって事も。

それでも今のこの“あたし”を必要としてくれている阿部に拒否なんて出来ない。だってあたし自身も誰かを欲してた。

結局あたしは弱いヒトだから必要とされることが嬉しくて安心できて、いとしくて。

気付けば失わないように阿部に縋るように抱きついていた、罪悪感と一緒に。



気付けば一緒に帰り道を歩いて、いつの間にか家の前で、そこは自分の部屋だった。

阿部と何を話して帰ってきたのか覚えてない、どんな風に接していたのか覚えてない。

ただ、左手が異様に熱くて。阿部の感覚を残していたから。

手を繋いで居たことだけはわかる。あとは、ふと見上げた時に見た阿部の背中。

ああ、引っ張られるようにあたしは阿部の斜め後ろを歩いていたんだと、今思う。

阿部の背中は大きくてピンとしていて、暖かそうだった。

ぎゅうっと左手を握り締めてから目を閉じる。



梓に迷惑かけて依存してること、

阿部が想ってくれていること、

抱きしめ返したあたしの答え、

前へと進まなきゃいけないこと、



ゆっくりと瞼を上げて目の前の鏡に映った自分を見つめた。

変わらないといけない事はわかってた、でもその勇気がなくて出来なくて。

でも阿部とあたしの関係が変わった今、良くても悪くても変わるチャンスであることに違いないから。

机の引き出しに入っていたハサミを手に持つ。そして反対の手で胸まであるその髪を握った。



ザクッ



音を立てて頭が軽くなる、握ったそれを離すとバサっと重力に伴って床へ広がった。

髪を切るためのハサミじゃないただの文房具のハサミを動かす、ザクザクザク。

手に溜まった髪を目の前で手を開いて床へと落とした。バサリと広がるあたしの髪。




「いーなー、瀬川。」

『水谷くん?何が?』

「髪の毛!瀬川は真っ直ぐで綺麗じゃん?オレの髪はダメー、くせっ毛で直ぐハネんの。」

『えー?あたしはそのままで良いと思うよ、水谷くんに似合ってるから。』

「そうー?ありがとー。オレも瀬川の髪スキだよー。」

『っ…ありがと///』




床に広がるのは、彼が…水谷くんがスキだと言ってくれた髪。

真っ直ぐあたしに向けられた、大切な“スキになってもらえた”モノ。

念入りに毎日手入れなんてしちゃって、彼が言うだけであたしは自分の髪が好きになった。

…でも、もう意味がなくなっちゃったから。




『…ばいばい。…さよなら、あたしの初恋…』




目の前の鏡に映ったあたしは、肩に付かないくらいの無様なおかっぱ頭になって…泣いていた。







あれとこれとそれと

考えなきゃいけないことはいっぱいあって、
やらなきゃいけないことはもっとあって、

とりあえずひとつ。



ここからひとつ変えました。









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