□顔を上げた先、君だけ
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放課後、グラウンドに近くにまでは行けなくて。…行く権利がない気がして。

自分のクラスの窓から野球部を見つめる。ノックの金属音が此処まで響いてくる。

部活を見たい、なんて。よく言えた物だって自分で思う。

…野球部でもないのに、彼等を引っ掻き回したのは、間違いなくこのあたしだ。

がた、とドアの方から音が鳴って、それに導かれるように目を向けると見た事のある男の子。確か…




『…みはし、君?』

「うひっ!…えと、お、オレっ…」




おどおどとする三橋君。野球部で投手。隆也のバッテリーの相方。

すぐに出て行かないから、不思議に思いながらも『話、してもいい?』と彼に尋ねる。

図々しい誘いだったのに彼は嫌がることなく、ただおどおどと近づいて来るので隣の椅子を引いて微笑む。

微笑むと彼も少しだけ表情を緩めてくれて隣に腰掛けてくれた。それを確認してから目線をグラウンドに落とす。




『ごめんね。』




何に謝られたのか判らないというように、彼は首を傾げてからおどおどとする。

それに一時期の野球部の不穏な雰囲気のことだと説明すると、目線を泳がせた後コクコクと頷く三橋君。




『あたし、どうすればいいのかな。…水谷くんに振られて、隆也の優しさに縋った。水谷くんの代わりに、優しくされる事に、安堵を求めて利用した…!』

「…」

『隆也の気持ちを後ろ手に最低だ。なのに、なのに…あたし…っ、隆也にっ…!』




三橋君は何も言わない。どんな目で見られてるのか怖くて、三橋君を見れない。

そこで関係ない人にただ口を零したことに気付いて、はっと息を呑む。

また最低な事をした。怖いとか言ってられなくてガバッと振り向く。




『三橋君関係ないのに、ごめっ…』

「阿部、くん。瀬川さんのこと、すごく、大切に、してるっ…!」

『!』

「…お、オレ、前っ嫌われ、てて…よ、よく、人の目、気にしてっ、たんだ…人の、目って、凄いん、だ!」

『人の、目…』




三橋君は真っ直ぐにこっちを見ていた。おどおどしてるけど、一生懸命伝えようとしてくれているのが判る。

カミングアウトに驚かなかったわけじゃないけど、三橋君はそれ以上のことを伝えようとしてくれていた。

そこに「三橋ー」と誰か、十中八九野球部が彼を呼ぶ声が近づいて来る。でも三橋君は真っ直ぐあたしを見たまま。




「弁当取りに行くのにって……、…ちわっす。」

『…ちわ…、…行かなくて、大丈夫…?』

「…おー、モモカンも阿部も怒ってっぞ。」

「う…、うん。」




呼びに来たのは確か、三橋君と同じクラスの…泉くんって子だった。明らかにあたしを見てから間を開けて、好かれていないのが判る。

隆也の名や監督にさらにおどおどして離れていく泉くんを追うように廊下のほうに向かって、足を止めた。




「瀬川さ、ん…ずっと、阿部くんっ見て、た。水谷くん、じゃなく、て…阿部くん、だけ…ずっと。」

『!み、はしく…』

「それ、って…もう、瀬川さん、は、好き…だよ。ま、っすぐ、に、まちがい、な、く…た、ぶん。」




彼はそうおどおどしながらも言葉にした。あたしが逃げ続けた気持ちを。

たった二文字の気持ちを言葉にした。

立ち上がって止まったあたしに、ぺこりと頭を下げて三橋君は泉くんを追って教室から出て行った。





顔を上げた先、君だけ

固まった身体で振り返った

目に飛び込んだのは彼に言われた通り


間違いなく隆也だけ。









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