ARIA 連作短編夢
□Navigation.6 ジャスパー
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「くっ……否定しなくなったな……。ノロケやがってぇ」
のれんに腕押ししたような感覚に、唇を噛みしめて恨めしげに睨む。今までは「藍華さんは良いお友達ですよ」と律儀にいちいち言い返していたのが、いつの間にやら出来上がっていたらしい。一体いつだ。油断ならない。今の今まで知らなかったのが、悔しさに拍車を掛けている。
「ははっ、凪君だってノロケて良いんですよ?」
年長者の余裕は、皮肉を受け流すくらいでは足りなかったらしい。思わぬ反撃に鼻白む。
「だからっ、オレと灯里ちゃんはそんなんじゃねぇって」
「そうだぞ、アルっ!」
オレの言葉と同時に、暁がどんっとテーブルを叩いた。ハッとなって暁の方に視線をやると、モロに目が合う。すぐさま首を回して顔を逸らしたが、芽生えた気不味さはそんなものでは誤魔化せない。そこに更に追い打ちが掛かってくる。
「おや、僕は灯里さんのことだなんて一言も言ってないですけどね?」
「灯里ちゃん、モテモテなのだー」
ウッディーまで余計な一言を口に出してくる始末だ。本人に悪気が無いだけに、逆にグサリとクる。
「は、話の流れ的に、灯里ちゃんのことだって思うだろ!」
ムキになって否定するが、実は無駄だということはもうとっくに知っていた。逆に、もしかしたらオレが灯里ちゃんのことを好きって知らないのは、実は灯里ちゃんだけなんじゃないだろうかと思っていたりもする。
あまり口にしたりはしないのだが、態度や言動からほとんどの人が気が付いていると、前にアリシアさんに言われたことがある。しかし、それでも灯里ちゃんが好きだと口外しないのは、照れくさいのもあるが、それなりに理由がある訳で――。
「まったく、素直じゃないんですから……。そんなんじゃ他の誰かに取られてしまいますよ? 例えば……暁君とか」
「なっ、何でそこで俺様が出てくるんだッ、アル! 俺様は別に、もみ子のことなんか……!」
「そういえばこの前、灯里ちゃんと浮き島で会って何しに来たのか聞いたら、あかつきんと約束が――イタッ! な、何するのだあかつきん!」
「少し黙ってろ!」
怒りか照れか、顔を烈火の如く赤くしてウッディーに凄む暁。
そんな暁を見ていると、どうして、灯里ちゃんへの好意を否定するんだろうという思いが湧き上がってくる。素直でないのはとっくに知っているが、あれだけ平然とアリシアさんラブを公言していた直情径行な男だ。その気になれば、誰よりも熱く早く、灯里ちゃんへ想いを伝えることが出来るはずだ。
それなのに、暁はそれをしない。自分の好意を認めることすら、アリシアさんが結婚してからも、何年間も拒み続けている。それが不思議で仕方がない。
オレが否定してるんだから、お前は堂々と宣言すれば良いのに。臆病なオレと違って、お前はそれが出来る人間だろ。なのに、どうして。
「暁君も素直じゃないですねぇ」
そうだよ、暁。どうして、素直にならないんだ。
複雑に絡み合った感情が、ちりちりと胸を焦がしていく。