ARIA 連作短編夢
□Navigation.6 ジャスパー
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真綿で締め付けられているような息苦しさを感じて、違う話題を振る気力も無く、よろよろとオレは立ち上がった。
このままでは言ってしまいそうになる。暁、お前に認める気が無いなら、オレが灯里ちゃんを取っちまうからな――と。
「悪ィ。オレ、用事思い出したからもう行くわ」
努めて明るい声を出して、3人に背を向けようとした。しかしその時、暁の声が追い縋ってきて動きが止まる。
「ま、待てッ! ズル男! 勘違いして行くな! どうしてこの俺様が、も、も、もみ子なんかっ!」
懸命の弁解に、強く拳を握り込んだ。
否定するなよ、暁。
まさかお前も――灯里ちゃんのことが好きだと言ったら、オレ達の友情にヒビが入るとでも思ってんのか?
やめろよ、らしくない。
「勘違いも何も、誰が灯里ちゃんのことを好きだろうと、決めるのは灯里ちゃんだろ?」
浮かんだ苦笑は、自身に対してか、暁に対してか、自分でも分からない。
ただひとつ、分かっていることは。
年を重ねる度、日が経つ度に、奥底に潜んでいたものが殻を突き破って出て来そうになっている、ということだった。
吹き抜ける春風の冷たさに、いたたまれなくなって身を翻す。
「凪君、また今度、ゆっくりお茶しましょう」
終始穏やかなアルの言葉を、背中で受け止めた。
アルは常にフェアだった。片方に諦めろ、とは決して言わない。どちらかが前へ出ればどちらかが傷付くことになる。しかし、このまま2人共何も言えないでいることの方がよっぽど不幸だと、きっと伝えたがっているんだろう。
頭では分かっている。
オレと暁、灯里ちゃんがどちらの手を取ろうと、あるいはどちらの手も取らなくても、いつまでも遺恨を残してしまうようなやわな友情ではないはずだ。初めは笑えなくとも、きっと時が傷を癒してくれて、祝福出来るようになると、いくらでも頭では思えるのだ。
けれど――心の奥底では、そんなのは綺麗事だと嘲笑う自分がいる。
「ああ、もちろん。またな!」
上手く笑えていただろうか。自信が無くて、足早に雑踏の中へと紛れ込んだ。気分が落ち着かず、足の運びが徐々に早くなっていく。
――勘違いも何も、誰が灯里ちゃんのことを好きだろうと、決めるのは灯里ちゃんだろ?
嗚呼、何て卑怯な言葉なんだろう。全ての責任を灯里ちゃんになすりつけるつもりか? 自分は悪くないとでも言うつもりか?
酸素を求めて、心臓が暴れ狂う。気が付いたら走っていた。流れるように景色が移り行く様を、目だけが疑似映像のように眺めていた。
肌寒かったはずなのに、額からは目に入りそうな程に大量の汗が流れ落ちてくる。途中で誰かに呼ばれた気がしたけれど、立ち止まる余裕なんてものは無かった。
別の生き物のように動いていた足は、家の前に辿り着いた途端にピタリと止まる。慣性の法則で前のめりに倒れそうになるのを何とか堪えるも、酷使された筋肉が体重を支え切れずに悲鳴を上げ、再びバランスを崩してしまう。慌てて門に背中を押し付け転倒を免れるが、そのままみっともなくずりずりと座り込んでしまった。
乱れた呼吸を整えながら、ジャケットの袖で乱暴に汗を拭う。まだ春だというのに、日差しが痛いくらいに眩しかった。
→あとがき