ARIA 連作短編夢

□Navigation.6 ジャスパー
4ページ/5ページ

 真綿で締め付けられているような息苦しさを感じて、違う話題を振る気力も無く、よろよろとオレは立ち上がった。

 このままでは言ってしまいそうになる。暁、お前に認める気が無いなら、オレが灯里ちゃんを取っちまうからな――と。


「悪ィ。オレ、用事思い出したからもう行くわ」


 努めて明るい声を出して、3人に背を向けようとした。しかしその時、暁の声が追い縋ってきて動きが止まる。


「ま、待てッ! ズル男! 勘違いして行くな! どうしてこの俺様が、も、も、もみ子なんかっ!」


 懸命の弁解に、強く拳を握り込んだ。
 否定するなよ、暁。

 まさかお前も――灯里ちゃんのことが好きだと言ったら、オレ達の友情にヒビが入るとでも思ってんのか?

 やめろよ、らしくない。


「勘違いも何も、誰が灯里ちゃんのことを好きだろうと、決めるのは灯里ちゃんだろ?」


 浮かんだ苦笑は、自身に対してか、暁に対してか、自分でも分からない。
 ただひとつ、分かっていることは。

 年を重ねる度、日が経つ度に、奥底に潜んでいたものが殻を突き破って出て来そうになっている、ということだった。

 吹き抜ける春風の冷たさに、いたたまれなくなって身を翻す。

 
「凪君、また今度、ゆっくりお茶しましょう」


 終始穏やかなアルの言葉を、背中で受け止めた。

 アルは常にフェアだった。片方に諦めろ、とは決して言わない。どちらかが前へ出ればどちらかが傷付くことになる。しかし、このまま2人共何も言えないでいることの方がよっぽど不幸だと、きっと伝えたがっているんだろう。

 頭では分かっている。

 オレと暁、灯里ちゃんがどちらの手を取ろうと、あるいはどちらの手も取らなくても、いつまでも遺恨を残してしまうようなやわな友情ではないはずだ。初めは笑えなくとも、きっと時が傷を癒してくれて、祝福出来るようになると、いくらでも頭では思えるのだ。

 けれど――心の奥底では、そんなのは綺麗事だと嘲笑う自分がいる。


「ああ、もちろん。またな!」


 上手く笑えていただろうか。自信が無くて、足早に雑踏の中へと紛れ込んだ。気分が落ち着かず、足の運びが徐々に早くなっていく。

 ――勘違いも何も、誰が灯里ちゃんのことを好きだろうと、決めるのは灯里ちゃんだろ?

 嗚呼、何て卑怯な言葉なんだろう。全ての責任を灯里ちゃんになすりつけるつもりか? 自分は悪くないとでも言うつもりか?

 酸素を求めて、心臓が暴れ狂う。気が付いたら走っていた。流れるように景色が移り行く様を、目だけが疑似映像のように眺めていた。
 肌寒かったはずなのに、額からは目に入りそうな程に大量の汗が流れ落ちてくる。途中で誰かに呼ばれた気がしたけれど、立ち止まる余裕なんてものは無かった。

 別の生き物のように動いていた足は、家の前に辿り着いた途端にピタリと止まる。慣性の法則で前のめりに倒れそうになるのを何とか堪えるも、酷使された筋肉が体重を支え切れずに悲鳴を上げ、再びバランスを崩してしまう。慌てて門に背中を押し付け転倒を免れるが、そのままみっともなくずりずりと座り込んでしまった。

 乱れた呼吸を整えながら、ジャケットの袖で乱暴に汗を拭う。まだ春だというのに、日差しが痛いくらいに眩しかった。




→あとがき
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ