空の境界 夢小説

□優しい君
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 雪は降っていないが、太陽の光を浴びて数時間しか経たない早朝の空気は冷たく張りつめている。
 手袋をした両手に、無駄だと思っていてもハア、と息を吹きかけ、掌を擦り合わせる。そんな僅かな努力も、気まぐれに通り過ぎる北風に笑われてしまう。

 謹賀新年の立て看板が設置され、正月飾りが光を浴び色鮮やかに自己主張をしている。普段は滅多に人が来やしない神社も、この時期は皆存在を思い出したかのように大勢の人が集まって来る。お参りをとうに終えた夕季は、本殿の脇に佇む御神木の側で、参道のど真ん中を行き、お賽銭を荒っぽく投げ入れる作法を知らない参拝客をぼんやりと眺めていた。

 前の参拝客が去ると、若い男女が新たに賽銭箱の前に立ち、賽銭を投げ、鈴を鳴らし、両手を合わせて願い事を始めた。ずっと一緒にいられますように、とか、結婚出来ますように、といった類の願い事だろうか。顔を上げた二人は、そのままキャッキャと笑いながら来た道を戻って行く。次の参拝客は中年夫婦と、男の子供一人、そしてその祖父と祖母だろうか。祖父らしき老人が、小学生に上がるか上がらないかくらいの男の子に二礼二拍一礼を教えている。なんとも微笑ましい光景だ。お願い事を終えた家族は、笑顔で参道を折り返していく。次は――。

「……おい」

 地の底を這うような声がすぐ横からして、ふいと視線をそちらにやった。この時期だと違和感が無い着物姿に、いつもの赤いジャンパーを羽織った式が、深い皺を眉間に刻み、眉をつり上げ、まるで視線で射殺さんとばかりにこちらを睨んでいる。

「なんだよ」

 その表情があまりに恐ろしかったのと、彼女が口に出すであろう言葉が予測出来たので、夕季は何事もなかった風を装って視線を参拝客に戻した。だが当然式はそんな誤魔化しに配慮するような性格ではない。思いっきり二の腕を捕まれて、夕季はかろうじて悲鳴を飲み込んだ。

「……ッ!! て、テメッ、何すんだよ!?」

 目立たない程度に声量を抑えつつ、式の手を振り払い、ヒリヒリと痛む腕をさする。厚手のジャケットを物ともしない、物凄い力だった。きっと痣になっているに違いない。

「いつまで馬鹿みたいにボケッとしてるんだよ。それとも何だ、オマエ、本物の馬鹿か?」

 こちらの抗議を全く意に介していない式は、明らかに不機嫌だった。すぐ側に居るのに放ったらかしにしていたのだから当然と言えば当然だが、そもそも、

「お前が勝手に付いてきたんだろーが。大晦日から勝手に人ん家に居座りやがって。誰も招いてないし誘ってもないぞ」

「別にいいだろ。一人寂しくテレビ見てただけのくせに」

「一人暮らしで好き勝手してて何が悪い。お前のせいで俺は一睡も出来なかったんだぞ」

「オマエが勝手に寝なかっただけだろ」

「ベッド独り占めしといてよく言うな、コラ」

「オレは床でも良かったんだ。ベッドを明け渡して来たのは夕季だろ?」



 
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