ARIA 連作短編夢

□Navigation.2 アゲート
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「だだいま〜」


 玄関の扉を開けそう言ってみても、部屋の明かりは付いていないし、「おかえり」の返事も無い。それも当然、ここは住宅街の一角にあるアパート。住み慣れたARIAカンパニーの一室ではない。

 部屋の電気のスイッチを手探りで探す。パチリという音と共に、小さなテーブルと椅子、月刊ウンディーネを始めとする様々な雑誌が並べられた本棚に、色々な小物を置いたラックが照らし出される。ARIAカンパニーから引っ越してもう数ヶ月経つけれど、まだこの風景は見慣れない。まるで誰かの家にお邪魔しているみたいだ。

 今まで私が使っていたARIAカンパニーの部屋は、これまでの伝統通りに新しい見習いのウンディーネに――アイちゃんに――引き渡された。今の私は、ARIAカンパニーの近くのアパートで一人暮らし。アイちゃんはこれまで通りARIAカンパニーの部屋を使ってくれて構わないと言ってくれたけど、一緒にいる時間が長すぎると公私の区別が付かなくなってしまう可能性があり、あまり良いことではないとアリシアさんと凪さんにも協力してもらって、条件の良い引っ越し先を見付けたのだ。
 
 普段着に着替えてから、ようやく椅子に座って一息吐く。観光シーズン最盛期の夏はまだまだ先なので、目が回るくらい忙しいという程ではないけれど、後輩の指導をしながら水先案内の仕事もこなすというのはなかなか難しい。ようやく慣れてきた気もするけど、自分を指導してくれた憧れの先輩にはまだまだ遠い。一人前になっても勉強することは山ほどあった。この業界の奥の深さに圧倒されてしまう反面、それだけ新しいこととの出会いがあると思うとワクワクしてしまう。

 今日の営業報告とアイちゃんの指導報告書を作成しようと、アクアに来た時から愛用している鞄に手を掛ける。その時、電話のベルがけたましく鳴り響いた。


「はいっ、水無です」

『こんばんは、灯里先輩』


 手にした受話器から、懐かしい声が聞こえてきた。涼しげだが、どこか背伸びをしているような響きを含む声。疲れも吹き飛んで、思わず受話器にしがみつく。


 
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