ARIA 連作短編夢

□Navigation.3 ガーネット
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 日差しは肌を焦がし、何処にいても蝉時雨から逃れることは出来ない。水の都と称されるだけあり、四方を海や水路で囲まれているネオ・ヴェネチアであるが、夏の茹だるような暑さの前には水の視覚的な涼しさなんて何の慰めにもならない。外に居れば暑いのは当然だが、アナログなこの町には、室内に入ったら快適なんてことも滅多にない。冷房という文明の利器が満足にあるのは空港くらいなものだ。

 室内も大して外と気温が変わらないと言っても、オレは好き好んでARIAカンパニーのテラスの日陰に居る訳じゃない。家に帰って叱られるのが怖い悪戯小僧じゃあるまいし、こんな所でコソコソ隠れていなくても、午前中で仕事が終わり、溜まった業務報告書を消化する為に社内に篭もっている灯里ちゃんの所へ、「ただいまー」と言ってやれば良いのだ。買い出しに行ったついでに、美味しそうなプリンをお土産に買ってきてある。こんなところで突っ立っていたら、いくら保冷剤があったとしても生菓子は悪くなってしまう。何より体力的に辛い。そんなことを思いつつも、オレは一歩も踏み出せなかった。原因は、聞こえてくる声にある。


「もみ子っ、茶が無ねーぞ!」


 無遠慮な物言いの主は、時折突然顔を出しては何だかんだ偉そうに喋って嵐のように去っていく、サラマンダーの出雲暁のものだ。暁が苦手という訳ではなかった。奴とは会う度に口論になるが、それはもう挨拶のようなもので、俗に言う喧嘩友達というやつだ。本気で憎まれ口を吐いたりする程、オレ達の仲は悪くない。――が、最近は、というか、割と前からだが、奴がARIAカンパニーに来ると、もやもやするのは事実だった。

 
「もう飲んじゃったんですか? この麦茶、美味しいですよね。グランマがお中元に送ってきてくれたんですよー」


 灯里ちゃんの楽しそうな声がする。オレは細く、ゆっくりと息を吐いた。このもやもやの原因は何となく分かっている。

 灯里ちゃんと暁は、非常に仲が良い。端から見ると暁が灯里ちゃんに一方的に絡んでいる――文句を付けているとも言う――だけのように見えるが、自ら足を運んでここに来ることから分かるように、暁は灯里ちゃんに多少なりとも好意的な気持ちがある。アリシアさんLOVEを公言していた暁だが、より身近な異性に惹かれていくのは不思議でもなんでもない。灯里ちゃんののんびり屋な気質も、一癖も二癖もある性格の暁とは案外相性が良いらしく、話をしている2人はいつ見てもとても楽しそうだ。

 物理的にはいつもオレが灯里ちゃんとは近い所に居るのに、精神的には暁の方がより近い所にいるような気がして――悔しくて、こうして動けなくなっている。
 
 溜め息が尽きない。ついでに拳を握りしめてみる。この世には奪ってでも好きな異性を手に入れるという人種も居るらしいが、オレにはそんなこと出来っこない。想い合う2人が幸せなら、横から出てきてそれを壊す権利なんてない。好きだからこそ身を引く。そういう愛もあるはずだ。

 ――そんなことを思っているくせに、こうして未練がましく立ち尽くしているのだから、オレは本当に情けない男だ。
 今からでも遅くない、2人の所に笑顔で入って行って、「夏だからって熱すぎんじゃないのお2人さん」とか、親父臭い冗談でも飛ばして――。


 
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