ARIA 連作短編夢

□Navigation.4 クリスタル
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 雲一つ無い見事な秋晴れだった。風も強くなく、日差しは暖かい。そんな天気だから、街は人で溢れていて、水路は観光客を乗せたウンディーネのゴンドラが忙しなく行き交っているだろう。平和な、穏やかな日だ。にも関わらず、オレの心は嵐のようにざわついている。

 朝から事務所の窓際に立ち、じっと海を見つめている。腕を組んだり、深呼吸したり、つま先で床をトントン叩いたり、花瓶に生けてある花の花びらを数えたり――何とか気を紛らわせようとするが、気休めにもなってくれない。いつもなら嬉しいはずの、変わり栄えのない穏やかな風景が、今は恨めしい程だ。にわか雨でも降ってくれれば、驚きでこの心も少しは紛れるだろうに。

 いや、やはりそれはそれで困る。


「凪、もっと落ち着いたらどう?」

 
 ちらちらと頻繁に時計に目をやるオレを見かねて、呆れともからかいとも取れぬ口調で声を掛けてきたのはグランマだ。海から視線を背け振り返ると、椅子に腰掛けたグランマとアリシアさんが、いつもと変わらぬ調子でにこにこと微笑んでいた。


「落ち着けませんよ、こんな時に」


 唇を尖らせると、うふふとアリシアさんが笑う。


「灯里ちゃんの時も、そんな風にソワソワしてたのかしら?」

「当たり前じゃないですか。ああっ、もう、心配だッ」


 頭を両手で抱え、ぐしゃぐしゃと髪を掻き乱す。そのままがっくりと肩を落とすと、グランマの口調はますます諭すようなものになる。

 
「もうちょっと信じてあげたらどうなの? あの子なら大丈夫って」

「信じてますよ! でもどんなアクシデントが起きるか分からないじゃないですか! 朝出る時だって、凄く緊張してる様子でしたし……ああああ……心配だ、心配だ……」


 今日は、アイちゃんの片手袋昇格試験の日だった。前日に出掛けることを告げられ、お弁当の用意をしていた時はなんでもない様子のアイちゃんだったが、実際はそうでも無かったらしい。

 片手袋の昇格試験はピクニックと称され、両手袋ウンディーネにはそれが試験であることを知らせずに、内密に行うという暗黙の了解がある。しかし、ARIAカンパニーに来る前から灯里ちゃんと交流があったアイちゃんは、アリスちゃんの飛び級試験など、試験についてはメールのやり取りを通じてある程度知っていたらしく、灯里ちゃんからピクニックに誘われた時は、ついに昇格試験が来た! と感付いて物凄く緊張していたらしい。


 
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