ARIA 連作短編夢

□Navigation.7 ヘマタイト
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「先週の分は、これで終わり……っと」

 ペンを置き、営業報告書と書かれた分厚いファイルから目を離して、うーんと思いっきり伸びをした。時計を見ると、お昼を食べてから2つほど短針が進んでいる。

 今日は、観光案内の予約は入っていない。ここのところ働き通しだったので、周りからは休みを取ってはどうかと勧められていたけれど、観光案内ばかりに時間を取られ書類がすっかり溜まってしまっていたので、結局出勤することになった。

 詰み上がった書類の束に最初は気後れしたものの、今日やらなければ、この先また次から次へと増えていってしまう。結果的に、休まなくて良かったと思う。

 額に浮かび上がる汗の玉を拭いつつ、少し休憩しようと椅子の背もたれに体重を預けた。デスクワークもなかなか気力がいる。

 蝉の声に混じって、夜光鈴の澄んだ音が真夏の風を涼しげに演出していた。目を閉じると、いつもの空間から1人、切り取られてしまったかのように感じる。

 いや、実際に、今ARIAカンパニーにいるのは私1人だった。
 アイちゃんは、藍華ちゃん、アリスちゃんの後輩ウンディーネと一緒に練習中。アリア社長はアイちゃんと一緒だし、いつも事務所にいる凪さんは、ゴンドラ協会に用があると言って朝から出掛けていた。

 ここに1人でいるのは、本当に久しぶりだ。
 
 アイちゃんが来る前――まだ私が下宿していた頃を思い出す。
 アリシアさんが引退してしまってから、寂しかったり、大変だったことはたくさんあったけれど、凪さんと2人でいる――アリア社長も一緒だけれど――時間が増えたのは、ドキドキして、嬉しかった。

 アリシアさんと凪さんが一緒に帰るのを、ヤキモチを焼きながら見送っていた頃が、とても懐かしい。アイちゃんが来てからは、出社の時は別々だが、帰りはアリシアさんと同じように途中まで凪さんと一緒。昔よりは、きっと、互いの距離も縮んでいると思う。


 
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