ARIA 夢小説

□2人きりのティータイム
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「こんにちは」


 控え目だがよく通る声がARIAカンパニーの社内に響いて、オレはキッチンから顔を出した。声で来訪者は誰か分かっている。オレンジぷらねっとのウンディーネで、《天上の謳声》と皆から称される美しい女性――。


「いらっしゃい、アテナさん」


 夕飯の下ごしらえを中断して、入り口までアテナさんを迎えに行く。褐色の肌に紫の髪、オレンジぷらねっとのウンディーネの制服――紛れもなくアテナさんだ。アテナさんはエプロン姿のオレを見て、きょとんと首を傾げた。


「もうお夕飯の支度?」


 時計を見て時間を確認するアテナさん。時刻は3時を少し過ぎたくらいだ。


「はい。ちょっと早いですけど、夕方に社長と買い物に行く約束なんで」


 ご馳走かと期待しました? と冗談めかして言うと、本気なのか社交辞令なのか分からない表情で頷かれた。ご馳走だったら食べて帰りたかったのだろうか。まるで子供のような無邪気な姿に思わず頬が緩む。
 アテナさんがラウンジの椅子に腰掛けたのを確認しながら、オレはお茶の準備を始める。


「今日はどうしたんですか? アリシアさんは夜まで仕事が入ってますし、灯里ちゃんやアリスちゃんも多分夕方まで合同練習してますよ」
 
「そうみたいね。大丈夫、今日は貴方に会いに来たから」

「えっ」


 ふわりとアテナさんが微笑んで、思わず胸が高鳴る。オレに会いに来た? まさかそれは――。


「凪くんの淹れる紅茶を飲みに来たの」


 身も蓋も無い言葉に、がくっと肩を落とした。彼女らしいと言えば非常に彼女らしいのだが、一般的に思わせぶりと捉えられる展開に騙された気分になる。騙される方が悪いのかも知れないが。


「タダ飲みですか?」

「えっ、駄目?」


 思わず出た嫌味に、ショックを受けたような様子のアテナさん。まるで悪意のない、純粋無垢な言動。子が親を慕うような真っ直ぐな親愛の情を向けられて、悪く思わない人間はいないだろう。オレはどうもアテナさんに弱いのだ。


「いーえ、構いませんよ。少し待っててくださいね」


 紅茶をカップに注ぐと、心地の良い香りが鼻腔をくすぐる。アテナさんと自分の分の紅茶を淹れ、お茶菓子にラスクを出してから、オレはエプロンを椅子の背もたれに掛けてアテナさんの向かいに腰掛けた。

 
「ありがとう、凪くん」

「どう致しまして」


 アテナさんがカップを口許にやってから、オレもそれに倣う。
 柔らかな風味が口腔に広がり、喉に染み渡っていく。うん、他人に出しても恥ずかしくない、満足のいく味だ。


「やっぱり、凪くんの淹れる紅茶は美味しい。来た甲斐があったわ」


 アテナさんの微笑みがまぶしい。アテナさんの笑顔を見ていると、こっちまで表情が緩んでしまう。
 浮かれる気持ちを悟られないように、咳払いをひとつ。少しわざとらしいが気にしない。


「でも、いくらタダとは言え外で飲んだ方が美味しいでしょ? 何でまたわざわざ?」


 こちらと以前は喫茶店で働いていた身だ。素人より良い風味を出せる自信はある。しかし所詮は素人が始めた喫茶店の店員。老舗には勝てるはずもない。ここネオ・ヴェネツィアには観光都市だけあって老舗や隠れ家的な名店も多いから、選択肢には困らないはずだ。


「ええ。確かに凪くんの淹れてくれる紅茶より、美味しい紅茶を出してくれるお店はあるわね」

 
 そこは、「そんなことはないわ、凪くん」くらい言ってくれるところではないか? 突っ込もうとしたが、「でも」とアテナさんが言葉を続けたので、開きかけた口を閉ざす。


「こうやって凪くんと2人で、凪くんの淹れてくれた紅茶を飲んでいる方が落ち着くから」


 ――不意打ちだ。

 今、オレは絶対に変な顔をしている。完全に緩みきっただらしない顔と、無理矢理表情を引き締めて結果的に変になっている顔、どちらが良いんだろうと結構真面目に考える。

 アテナさんが微笑んだ。心拍数がヤバイ。雰囲気が、空気が甘い。今なら告白だって出来そうだ。



 
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