ARIA 夢小説
□アナタへの贈り物
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「ああ〜っ。やっと会合終わりましたねぇ〜」
ゴンドラ協会の建物を出て、うーんと伸びをする。隣りでゴンドラを出す準備をしているアリシアさんが、うふふと笑った。
「今日は付き合わせちゃってごめんなさいね」
「いえ、どうせアクア・アルタの日は暇してますし……。むしろアリシアさんのゴンドラに乗れてラッキー?」
「あらあら」
周りの路地は全て水路のように水底に沈んで、日の光を受けてキラキラと輝いている。
初夏の風物詩、アクア・アルタ。街中が休日となる特別な時期だが、残念ながらゴンドラ協会はその例ではない。ウンディーネの仕事の妨げにならないよう、こういう日を狙って会合を開くことが多いからだ。特に協会はARIAカンパニーに――いや、アリシアさんに気を遣う。さすがに毎回の会合がそうであることはないが、アリシアさんの仕事と重ならないよう、会合の予定を組むことが少なくない。ゴンドラ協会がアリシアさんを引き抜こうとしているとの噂を何度か聞いたことがあるが、現状から察する限り、あながちただの噂という訳でもなさそうだった。
「……しかし、すっごい数ですよねぇ」
準備が終わったらしく、アリシアさんが軽やかにゴンドラに乗り込む。後に続こうとして、ゴンドラの客席部分に詰まれている大量の薔薇の花に、思わず苦笑した。
「うふふ。そうね。でも、悪い気はしないわよ? 皆に好かれているような気がして、嬉しくなっちゃうわ」
「いや、気がしてじゃなく、間違いなくそうでしょう」
「そうなのかしら? うふふ」
この薔薇は帰り道に更に増えて、足の踏み場が無くなるに違いない。先を読んでゴンドラの先端部分――灯里ちゃんが逆漕ぎの時に立つ場所だ――に腰を下ろした。アリシアさんがまた、うふふと笑う。
ゆっくりと、ゴンドラが動き出す。静かに岸から離れ、徐々に加速し、やがて波の流れに同化する。それがアリシアさんの持ち味だ。まるで水の流れと一体化するような感覚。何回体感しても、凄いと思う。
そもそも、アクア・アルタの日にゴンドラを出せること自体が特別だった。街中が水路になれば街中をゴンドラで行けそうな気がするが、路地が水没しただけの場所は水位が浅い所が何ヶ所もあり、下手をすると座礁してしまうこともある。路地が全て水路のようになってしまうので、主要な水路を全て把握しているウンディーネでさえも、土地勘を失ってしまうことすらある。そんな中ゴンドラを漕ぎ出せるのは、卓越した操舵術をもっているアリシアさんならではだ。
後ろを振り返ると、アリシアさんがこちらの視線に気付いて微笑む。
「サン・マルコ広場に寄るのよね?」
「あ、はい。お願いします」
そうだった。忘れかけていた。
今日は、アクア・アルタ以外にも特別な意味を持つ日だった。ボッコロの日。男が、愛する女性に一輪の薔薇を贈る日――もっとも、最近は女性が友情の証にと仲の良い同性の友人に贈ったり、商人が感謝の気持ちを込めて取引先に贈ったり、薔薇の意味が多様化しているようだったが。かく言うオレも、どちらかと言えば友情だとか、感謝の気持ちで薔薇を贈る派だ。
改めて、ゴンドラを彩る大量の薔薇を見やる。これらは全て、アリシアさんに贈られた想いだ。
男性もいれば女性も、老人がいれば子供も、笑顔でアリシアさんに薔薇を手渡した。アリシアさんは人当たりが良く、美人で、おまけにトッププリマ。人気があるのは当然のことで、この薔薇の数々も、毎年恒例のことだった。
「あ、あ、アリシアさんっ! その、これっ!」
声がしたので顔を上げてみると、若い男が顔を真っ赤にしてアリシアさんに薔薇を差し出していた。アリシアさんはゴンドラを止めて、笑顔で薔薇を受け取る。
「ありがとうございます。とっても綺麗な薔薇ですね」
「はっ、はい! その……お仕事、頑張ってください! 応援してます!」
男はそう早口でまくし立て、去って行ってしまった。その際偶然男と目が合い、棘のある視線を向けられたので、オレは肩をすくめる。
――別にオレはアリシアさんの恋人とかじゃないっての。
同じ会社に勤めているからか、アリシアさんと並んでいると街の男達の視線がやたら厳しくなるのだ。アリシアさんに憧れる気持ちは分かるが、こちらとしては複雑な心境だ。
「また増えましたねぇ。薔薇風呂何日分ですか?」
受け取ったばかりの薔薇を、潰れないようにそっと他の薔薇と一緒にするアリシアさんに、声を掛ける。しかし彼女は問い掛けには答えず、いつも通りの笑顔を浮かべただけだった。
その後も順調に薔薇を増やしながら、ゴンドラはサン・マルコ広場に到着した。