ARIA 夢小説

□ある午後の情景
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 2階のリビングルームで休憩をしていたら、灯里ちゃんが新しいお友達を連れてきた。
 エメラルドグリーンの綺麗な長い髪をした女の子。人見知りをするタイプなのか表情は固くて、「アリス・キャロルです」と名乗った声もツンツンしている。


「アリスちゃんは、まだ両手袋なのに凄いオール捌きなんですよ〜! 潮の流れをものともせず、こう、スイスイーって!」


 テーブルを囲むウンディーネのたまご達。お得意様に貰ったチーズケーキを切り分けて彼女達のもとへ持って行くと、灯里ちゃんが興奮気味に身振り手振りを交えながら、アリスちゃんの繰舵術がいかに優れているかを熱心に説明してくれた。

 そんな灯里ちゃんの様子を見るだけでも、まだ両手袋のはずのアリスちゃんの実力を垣間見ることが出来る。


「へぇー。まだ若いのに凄いね」


 アリシアさんと言い、舟の申し子と称したくなる天才はいるものだなと1人感心するのも束の間、


「オヤジくさい発言、禁止!」

「ええっ!?」


 藍華ちゃんの手厳しい突っ込みが飛んで来た。アリスちゃんが舟の申し子なら、藍華ちゃんは突っ込みの申し子だろう。言っても喜ばないだろうが。

 
「義務教育中なのに水先案内店に入社するなんて、ホントにゴンドラが好きなんだね」


 アリスちゃんは何も答えなかったけど、逸らされた目が真実を物語っている。きっとこの子はまだ上手く他人との距離感を掴めないんだろう。アイデンティティーが確立してくる思春期なんて、程度の差こそあれ誰しもそういったものだ。

 無愛想とも取れるクールな態度は、彼女の繊細な性質の表れだろう。ここは年上の貫禄で温かく見守ってやらねばならない。


「大好きなことに才能があったって素敵なことだよねー。それだけに会社の期待とか、色々プレッシャーもあるだろうけど頑張ってね。お兄さん応援しちゃうよ」

「私がどうであろうと、他店の人には関係ありません。でっかいお世話です」

「まあまあ、応援料は取らないから。ついでにお茶代も」


 ひらひらと手を振ると、ムッとした表情をするアリスちゃん。返す言葉が見付からないのが悔しいのだろう。思わず笑ってしまいそうになるのを堪えて、オレはキッチンの流し台へと向かった。そこには灯里ちゃん達が摘んで来てくれた花が置いてある。残念ながらオレには感性なんて上等なものは無いので、適当に花瓶に活けることしか出来ないが。しかしリビングに戻ったオレの手元を見て、良い子な灯里ちゃんは歓声を上げてくれた。

 
「わーひっ! キレーイ!」

「灯里ちゃん達のおかげで、店内がグッと華やかになるよ〜。アリガトねっ。…………あれ?」


 花瓶をテーブルに置いた時、アリスちゃんがまったくケーキに手を付けていないことに気が付いた。灯里ちゃんと藍華ちゃんの方を見ると、半分は彼女達の胃袋の中に消えている。


「アリスちゃん、チーズケーキ苦手だった?」

「あ……いえ、そういうわけでは……」

「ホント? 遠慮しなくて良いからね?」

「……はい」


 念の為に声を掛けてみるが、やっぱり緊張しているようだ。初対面の他社の片手袋2人に、お茶するだけとは言え余所の会社に連れ込まれたのだ。無理もないだろう。どうしたものかと頭を捻らせていると、


「ちょっとー、ずいぶん大人しいじゃない。なによなによ、凪さんの前では猫被り?」

「別に。そんなんじゃありません」


 睨み合いを始めた藍華ちゃんとアリスちゃん。
 ああ……藍華ちゃんはライバル意識が強いからなぁ。優秀なアリスちゃんに対抗心を刺激されるんだろう。藍華ちゃんは晃さんに似て厳しいところはあるけど理不尽なことは言わない子だし、恐らく何も口出しせずとも大丈夫だろうが……。
 
 灯里ちゃんと顔を見合わせながら2人のやり取りを見守っていると、窓から吹き込む風でふわりと舞うアリスちゃんの髪が目に付いた。何だか新鮮な光景だ。アリシアさんも藍華ちゃんも髪は長いが結っているし、晃さんは下ろしているがアリスちゃんほど柔らかそうな髪質ではない。レースのカーテンのようにふわりふわりと揺れるアリスちゃんの髪は、何だかひとつの芸術品のように思えた。


 
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