ARIA 夢小説
□ヨルノヒカリ
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夜の中で一番高いところにいた月が、海に惹かれて沈み始める時間。私はパジャマ姿で、ベッドの上にぺたりと座り込んだまま、柔らかい光を帯びた三日月を眺めていた。
眠れない。
ベッドに入ってから、もう2時間近く経つというのに。
何故眠れないのか、理由は分かっていた。サンマルコ広場で出会った黒いドレスの女性を、サン・ミケーレ島まで送った、昨夜のあの出来事のせいだ。
夜の海がいつもより黒く見えたのは、一人で居たせいだと――アリア社長は風邪で寝込んでいて、一緒にいなかった――思っていた。漠然とした不吉な予感も、気のせいだと思っていた。
だけど黒いドレスの女性は、その日藍華ちゃんが話していた怪談に出て来る神隠しの幽霊で、ケット・シーが助けに来てくれなかったら――私はもうここには、戻れなかったかもしれない。
思い出して、ぶるりと体が震えた。足許で仰向けになって寝ているアリア社長を見て、今は1人じゃないから大丈夫と自分を落ち着かせる。
怖い。
もし、次、何かあったら。誰も助けに来てくれなかったら。
皆に心配掛けないように、自分自身も思い出さないよう、昼間は普段通りに振る舞っていたが、暗闇に包まれるとどうしても記憶に刻み込まれた冷たい恐怖が心に忍び寄って来てしまう。
昨日はアリシアさんが気を遣ってARIAカンパニーに泊まってくれたが、そう何日も甘え続ける訳にもいかない。今日も一緒にいると言ってくれたのを遠慮したのだが、これならおとなしく厚意に甘えさせてもらうべきだったと、今更ながら後悔する。
眠らなければ明日の練習に支障を来してしまう。何か大きなミスをしてしまうかもしれない。そうなったら皆に迷惑を掛けてしまう。焦れば焦るほど目は冴えて、意識が鮮明な程、忘れたい記憶もより精細さを増していく。
頼りない自分に、深く、溜め息を吐いた。
――凪さん、そろそろ帰っちゃうかな……。
階段から僅かに漏れる明かりに目をやった。普段からあれこれ世話を焼いてくれる凪さんは、グランマがネオ・ヴェネツィアにいた頃使っていた家に住まわせてもらっているらしい。女性一人の夜道は危ないとアリシアさんを先に帰らせていたのだが、自分はまだリビングに居るようだ。きっと心配してくれていて、帰るに帰れなくなっているのかもしれない。
昨日も、ずいぶん心配させてしまった。年上の男性だからか庇護意識が強い人で、私が危険な目に遭っていたのに何も出来なかったとひどく悔しがっていた。
さすがに夜に男性に一緒に居てもらうのは抵抗があったのだが、我慢もそろそろ限界だった。
私はアリア社長を起こさないように用心しながら、ゆっくりとベッドから降りた。
階段を踏むと、ぎしりと木が軋む音がした。
ぎしり、ぎしり。
凪さんはその音で私が降りて来たことを悟ったらしく、私の視界に凪さんが入る頃には、瞳はしっかりと私を捉えていた。テーブルにノートパソコンを起き、自分は深く椅子に腰掛けている。
「眠れない?」
どうしたの? とも、大丈夫? とも聞かれない。単純な事実だけを聞かれて、素直に頷いた。
「まあ、座りなよ」
向かいの席に座るように促されて、黙ったまま椅子に座る。人の気配が近くにあることに、安心する。張りつめていた糸が緩むように、自然と頬が緩んだ。