Fate/stay night・EXTRA

□その笑顔を護る為に
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 聖杯戦争、5回戦目。準備期間の内の3日目をアリーナでの鍛錬で終え、志とセイバーは学校へと帰還したばかりだった。日はまだ沈んでいない。斜陽の差し込む2階の廊下を歩きながら、セイバーはちらと隣を歩く志の顔色を窺った。

 セイバーは、5回戦目の相手であるアサシンのサーヴァントの一撃が招いた、消失の危機から免れたばかりだった。戦えるだけの力は充分に戻ったものの、調子はまだ完全とは言えない。あと1日か2日は掛かるだろう。志はそんなセイバーを心配して、早めにアリーナを出たのである。

 アリーナへ向かう前はにこにこしながら無事を喜んでいた志だったが、ここに来るまでにはすっかり表情を険しくしていた。その変化が腑に落ちなくて、セイバーは複雑な心境だった。

 相手に先を行かれてしまっているのは分かっている。それは自分の未熟さのせいであるし、言い訳出来ることではない。あのいけ好かない男――ユリウスとそのサーヴァントに勝利出来るか、その不安も分からない訳ではない。しかし、ようやくまともに会話出来るようになったのだから、もう少し構ってくれても良いのではないか。
 
 無言のまま、志とセイバーは2‐Bの教室の扉――プライベートルームの認証装置の前に立った。志が携帯端末を扉の前に掲げると、味気ない電子音の後に、手動に見えるスライド式の扉が、自動で開いた。

 この先は共用空間である校舎とは異なり、完全なプライベートスペースである。何者に襲われる心配も無い、唯一の場所だ。

 プライベートルームに入ってすぐ、セイバーは深呼吸をした。志の態度は好ましくないが、余計な手間と時間を掛けさせた以上、詫びと礼は言わなければならない。受け答えをしてくれるかという一抹の不安を抱きながら、セイバーは志と向き合った。


「奏者よ、世話を掛けたな――――ッ!!」


 驚きのあまり、セイバーは言葉を失った。
 温かい腕に抱き締められていた。志の腕は華奢なように見えたが、セイバーのそれよりずっと無骨で、異性の力強さを伝えてくる。さすがのセイバーも突然の展開と、間近に感じられる想い人の体温に頭が真っ白になった。


「そ、そ、そ、奏者。一体どうしたのだ。ずいぶん積極的――」

 
 そっと触れた背中が小刻みに震えていて、セイバーはまたしても言葉を止めた。志の胸に体を預けて、彼が口を開くのを静かに待ってやる。


「……良かった」


 かすれた声が耳朶を打つ。その言葉と、声色が意味するものを瞬時に悟ったセイバーの心から、潮が引くように余計な感情が消えていった。


「大丈夫だ、マスター」


 ぎゅっと抱き返してやる。震えるその体から、志の不安が、孤独が伝わってくる。それらの感情はセイバーの心で化学反応を起こし、志に対する愛しさと申し訳なさとなって、セイバーの胸を締め付けた。


「余はここに……そなたの側にいる」


 志が、ずっと表情を険しくしていた理由――それは、今が幻なのではないかという不安。再びセイバーが膝を折り、今度こそ消滅してしまうのではないかという恐怖。僅かな時間ながらもアサシンと再戦する姿を見て、そんな感情が心を侵し始めたのだろう。

 
「だから、そんなに怯えるでない。こうしてそなたの温もりに触れるのも悪くないが、まだ戦いは続くのだ。そなたは毅然として前を向いていなければならぬ」


 励ますように、ぽんと背中を叩いてやる。志の震えが落ち着いていくのを感じて、安堵の息が漏れた。


 
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