空の境界 夢小説

□蝉時雨
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「――――むぅ」


 顔が暑苦しくて、思わず呻いた。マスクのせいだと、少ししてから思い当たる。


「起きたか」


 式の声が近くから聞こえて、視線だけで彼女の姿を探した。床に座って、ベッドを背もたれにして本を読んでいる。


「……式? 何で?」

「寝ぼけてるのか? 見舞いだ」


 ――ああ。


 寝付く前のやり取りを思い出した。時計を見ると1時間は眠っていたようだった。


「食欲は?」


 式が1時間前と同じ質問を繰り返した。こちらも同じ返答を返す。


「無難に粥を作ったんだが……食うか?」


 式が作ったお粥……。食欲は無いが、式の料理の腕は超一流だ。お粥に超一流も二流も無いかもしれないが、過去に食した彼女の手料理の味を思い出して喉が鳴る。
 食べ切れなかったら、後でまた温めれば良い。せっかく作ってもらったのを食べないのは失礼だし損というものだろう。


「あァ……貰おうかな……」


 微笑んだが、マスクのせいで表情は分からなかったろう。だが式はほんの少しだけ表情を柔らかくして、軽やかに台所へ向かい、お粥を持って来てくれた。
 良い感じに冷めたと言いながら、式が再びベッドの脇に座った。体を起こそうとすると止められる。


「じっとしてろ。食べさせてやるから」

「はァ?」


 予想外と言うか、にわかに信じ難い申し出に、思わず窓を見やる。雲ひとつ無い快晴だ。俺の行動を見た式が眉をひそめた。


「何が言いたい?」

「いや……大雨でも降るんじゃないかと。あだっ!」


 スプーンで額を叩かれた。頭痛が酷くなったらどうしてくれると式を睨むが、涼しい顔をしている。


「ほら、粥が冷めるだろ。早く口開けろよ」

「っつーか恥ずかしいんだけど」

「お前の都合なんざ知るか」


 見舞いに来たんじゃないのかよ、と思ったが口には出さなかった。下手に食い下がって実力行使に出られたらマズい。器物破損してもコイツは絶対に弁償してくれない。
 美女にあーんをしてもらうなんてオイシイじゃないか、と自分に言い聞かせながら、マスクを取って渋々口を開いた。


 粥を乗せたスプーンが、式の手によって俺の口に運ばれる。やっぱり恥ずかしい。式の顔をちらっと盗み見たが無表情だ。こんな気持ちなのは俺だけかと思うと悔しくなる。
 救いなのは、式のお粥がやはり驚愕の美味さだったことだ。料理教室を開けば婚活中の女性が押し寄せてくるのではないかと思う。羞恥心を味覚で紛らわせている内に、お粥の鍋はあっという間に空っぽになってしまった。




 
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