空の境界 夢小説
□優しい君
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――女の子を床で寝かせられるか、馬鹿!
心の中で絶叫して、夕季は口を噤んだ。式との言い合いはキリがない。こちらの常識や気遣いなんかいともたやすく踏んづけていく。それが両儀式という存在だ。
「……で、お前は俺に何して欲しいの」
こいつを飼い慣らせるのは、実家に帰ってしまった黒桐と、「年末年始は休業!」と言い残して何処かに行ってしまった橙子くらいだ。諦めて式のしたいようにさせようと話を振ったが、帰ると言い出す予想に反して、式は口ごもった。
「……何、帰らないの?」
「か、帰る! 帰るに決まってんだろ!」
突然式が大声を出したものだから、何事かと参拝客の何人かが振り返ってきた。ぎょっとして、早足で鳥居に向かって歩き出した式を追いかける。
「あのー、式さんはどちらにお帰りで?」
「うるさいッ!」
何故か怒られてしまったが、それはかなり重要なことだと思う。俺は自分の家に帰るけど、と内心ため息を吐きながら式の隣を歩いていると、ふと目に入った物に慌てて式の肩を掴んだ。
「式、ちょっと待った」
不満気な式の視線を無視して、お守りを売っている直売所、更には販売物の目録の中のある4文字を指さした。
「おみくじ引いてこうぜ、おみくじ」
占いだとか、そういう類の物はあまり信じてはいないが、初詣に来たならおみくじを引くのも恒例行事の一つだろう。結果によっては、式をからかってやろうとの下心もある。
興味無い、とばっさり切り捨てられるかと思ったが、式は文句のひとつも言わずに素直にそちらに足を向けた。あまりのあっけなさに、もしかして式はおみくじを引きたかったのではないかと勘ぐったが、次の瞬間には、ありえないと自ら可能性を全否定した。
2人分の金を直売所の巫女さんに払うと、天井に丸い穴がぽっかりと空いた木箱が差し出された。穴に手を突っ込んで、適当に指に触れた紙を掴む。手を引き出して紙を開く――フリをして、先に引いていた式の手元を覗き込んだ。
「うっわ、お前に大吉って似合わねぇ」
夕季の発言が不満だったのか、おみくじの結果が不満だったのか、式の表情はすこぶる不機嫌だった。ぎろりと睨まれて、慌てて自分のおみくじに視線を戻す。
「……げ」
目に飛び込んできた大凶の文字に、思わず顔がひきつる。式をからかってばかりいたから――ほとんど返り討ちにあってはいるが――バチが当たったのだろうか。占いを信じていなくとも、悪い結果が出たとなるとやはり多少はヘコんでしまう。